story | ナノ


▼ 数々の初めてを日常と錯覚した日

[ name change ]


ソファでベッドで風呂で、俺達は何度も愛しあった。欲望のままに激しく、愛おしむように優しく。

俺はこの手に、唇に、重なる肌の暖かさに、想いの全てを込めたつもりだったんだ。


「サッチおはよ」

眠そうに目を擦りながらアンは俺を起こした。

「・・・ごはんつくった。たべよ」

驚いた。
俺は普段の様子からよく誤解されるが、こう見えて警戒心はかなり強いのだ。ごく僅かな気配にさえすぐに目が覚める。女と一晩を過ごしても完全に寝入ることなんてなかったし、むしろ寝ている間にさっさと帰っちまうのが常だった。朝の女はめんどくせぇ以外の何者でもないからな。
アンのいなくなった隙間を埋めるかのように布団を抱きしめたまま、こちらを見下ろすアンを凝視する。

「へ?」

顔に何かついてると思ったのかぺたぺたと確認しているアンに本日最初の笑い。

あぁ、そもそもこいつを部屋に上げた時点でもう俺の中で特別だったんだろう。女なんて一度も部屋に上げたことはなかったのだから。
感じたことのない胸の暖かさに嬉しいような少し恥ずかしいような気持ちになった。
へらっと笑うと、アンも嬉しそうにへへっと笑った。
それは無性に幸せで心地の良い時間で。

「メシって…パン焼いただけじゃねぇか」
「え?」

アンはれっきとした朝ごはんじゃないか、と言わんばかり不思議そうな顔でこちらを見る。

「しかも麦茶って」

パンに麦茶はねぇだろう。

「朝から牛乳飲んだらお腹いたくなるよ?」
「あぁー・・お前は、だろ?」
「うん。私は」

だからサッチもおそろいね?
へへっと笑うその顔に、またひとつ知ったアンのあれこれに、呆れなんかより胸がまたぽかぽかと暖かくなって。

そのあと当たり前のように順番にシャワーを浴びて、当たり前のようにスーパーに買い物に行って昼ごはんにチャーハンを作った。そして土曜12時のワイドショーみたいなものを見ながらご飯を食べてるのだかいちゃいちゃしてるのだか分からない時間を過ごして、キャッキャ言いながら車で少し離れた大型日曜大工屋に行った。車のオイルを買いにいったのだ。なんとも日常じみているが、よく考えたらまだ会って24時間経っていない。すごく不思議な感覚だったが、もう何年も一緒に過ごしているような、むしろ今まで一緒にいなかったことのほうが不自然に感じるほどアンはすっかり俺の隣に定着していた。

「サッチ!チョコ!」
「はいはい」

言いながら、両手に抱えた板チョコをぽいぽい棚に戻して、ひとつだけをカゴに入れる。この作業ももう何千回目かに感じるがたぶん2度目。いや、さっきのスーパーでもやったから3度目か。
ぶぅと頬を膨らませるアンに、俺も真似してぶぅとした。アンがキャッキャと楽しそうな声を上げたので、俺も嬉しくなって笑った。


【数々の初めてを日常と錯覚した日】

prev / next



[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -