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▼ わくわくの始まり

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「あー今日も疲れたなぁー」

私は独り言を言いながらどさっとベッドに倒れこむ。
今日は土曜日。あと一日休んだらまた忙しい毎日が始まる。ニュースをにぎわす有名人に比べたらありふれた日常だろうけど、本人はそれなりに大変なのだ。一般人の日常を軽く見ないでいただきたい。

「さーて今日は更新してるかなぁー?」

そんな私のささやかな癒しは寝る前の夢サイト巡り。初めてこの世界に出会ったときはこんなんがあるのか!と結構びっくりしたし、入ってはいけない世界のような気がしてためらった。だって私は普通に彼氏がいたり・・まぁ今はいないけど、ごほん。つまり私は結構リアルも充実してる女子なのだ。合コンにだって行くし、いい感じの人がいたりもする。
でも、

「あ、アップされてる!やった!」

エース、マルコ、サッチ、イゾウ。その他もろもろ。自由な世界で生きている彼らに想われたり、想ったり、甘かったり切なかったりする小説たちは、私のほんの少し満たされなかった何かをじんわりと満たしてくれる。今では、雑多な日常を忘れられる大切な癒しの時間だ。
まず手始めにOver The Seaとピンク色の文字で書かれたサイトを開くと、やはり今日も更新されていた。ここのサイトマスターmochaはちょっとあたまがわいているらしく結構な頻度で小説やら謎の妄想を更新している。

「今日はエースか。今この人、犬エースにはまってるらしいからなぁ」

Shortをクリックして本日のお品「わくわくの始まり」をまたクリック。えーっと・・・なになに?

「あー今日も疲れたなぁー」

私は独り言を言いながら・・・・ってあれ?なんか私のことみたいだな。っていうか、いつになったらエース出てくるんだろ?
私はベッドに寝転んだ体勢のまま、画面を少し顔から離してしばし休憩。普通に暮らしてるだけでも結構目が疲れるのだ。目を閉じて、開けて、また閉じて

ドサッ
グエッ

「どわっ!出れた!なんかしらねぇけど出れたぞ!!!ここどこだ?」

携帯がなにかを搾り出すように不規則に振動したかと思うと、結構な衝撃がお腹に響いた。重い。驚いて目を見開くと、寝転んだ私の上にエース・・・らしき人物が馬乗りになっていた。
どうやらお尻から順番にでてきたらしい。画面にひっかかったらしい紐っぽい何かをひっぱったら、見慣れたオレンジのテンガロンハットがポロンと間抜けに転がり落ちた。携帯の画面から出てきた瞬間、所謂帽子サイズになったから驚いた。
顔に散ったそばかす。
少しうねった黒髪。
帽子の紐のアレは牛かと思ってたけど、なんかちがうみた、い?
っていうか・・・・

「だれだ?お前」

私の体にどっしりと座った男はん?と唇をまっすぐに伸ばしながら、こてんと首をかしげる。

可愛い。
可愛いけど・・

「へ・・・?」

わけがわからない。驚きで喉が狭くなったらしい。掠れた声しか出ない。怖い、と思った。
見慣れた部屋に、確かに見慣れてるけど絶対いるはずのない存在がいた。帽子を片手で押さえながら、きょろきょろと部屋を見渡しているこの人は・・

少し冷静さが戻ってくる。戻ってくるとミーハー根性が出番か?と顔を出した。

リアルエース?
・・・やっばい!テライケメン!
子供の心を持った青年ってか!ウマウマじゃんかっ
この状況についていけない私は、口をぱくぱくさせながらも頭の中では色んな妄想が駆け巡る。

それと同時に、思考は意外と冷静だ。
逆トリってやつ?ほんとにあるの?
うそだ、あるわけない。
そう、あるわけがない。

夢小説で見てきたヒロインは、どうしていただろうか?もっと冷静だった?もっとテンパッてた?
混乱しながらも頭の片隅は妙に冷静で。
冷静さも混乱加減も中途半端。特技も強い意志もない普通を絵に描いたような私は、きっとヒロインには相応しくない。目の前で繰り広げられる奇跡を目の当たりにしても、そんなことを考えている私は、逆トリップ先としては失敗じゃないだろうか。

可愛くもない。細くもない。彼氏はいたけど別に普通。人並みの人生を送る普通の人間だ。あぁこんな小説、私だったら読みたくないな。エースも私には惚れないだろう。なんだそれ、夢小説にさえ発展しないのか。

キョロキョロしているエースらしき人物を私は観察する。あぁ、毛穴がある。あれ?ひげ・・?今日剃らなかったのかな。リアルに現れるって、こういうことなのか。部屋を見尽くして満足したのか、目の前のエースらしき人物がこちらに向き直った。私同様にこちらを観察しているらしい。
じっくり、しげしげというようにこちらを見つめてくるから、私は非常に居心地がわるい。とっても残念なことにエースは私の体に座り込んでいるから逃げようもない。

もっと可愛かったら、こんなにオドオドしないんだろうなぁ・・そう思うと、なんだか無性に虚しくなった。
観察に満足したらしいエースが「観察終了だ」とばかりにニパッと笑うもんだから、私の心臓はドクンと鳴る。・・・不毛な恋愛の幕開けか。切ない。非常に切ない。
そんなことを考えていると、エースは嬉しそうに口を開いた。

「なんだ、お前すげぇ可愛いな」
「!!!!!」

俺はエース。以後お見知りおきを、なんて馬乗りのままご丁寧に挨拶をしてくれるその笑顔は驚くほど眩しくて、お腹のあたりから伝わる体温は妙にリアルだった。


【わくわくの始まり】
(ぎゃ、逆トリマジック!?)
(?お前、名前なんてぇんだ?)
(へ?ちょちょっと待って!ひとまずそこどいて!)
(やだ)ニコニコ

続かない。



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