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▼ 透明濃度

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女心は難しい。ころころ変わって形なんてあってないようなもんだし、甘えてきたと思ったら怒ったりもする。でもそれでいい。辛いことがあったら殴ったっていいし、泣きたいなら胸を貸してやる。くれてやったっていいくらいだ。だってお前は俺の女だろ?
だから、なぁ、一人で我慢だけはすんな。

「ただいまぁ」
「おうアンちゃんおかえりー」

俺とアンは同棲している。イゾウのショップで働いてるアンに一目惚れして、攻めに攻めて漸く手に入れた大切な大切な俺の彼女。
先に家に着いた俺がいつものように夕飯の支度をしていたら、しばらくして玄関が開く音がした。支度も間に合った。ギリギリセーフだ。着替える間も惜しんで急いで取り掛かってよかった。アンには帰ってすぐできたてのメシを食わせてやりたいからな。

おかえりーとワイシャツの袖を捲っただけの両手を広げて、アンのほうにパタパタと走っていく俺。

「アンちゃん・・ってあれ?」

アンは目も合わせないで俺の脇をすり抜けた。いつもなら笑顔で抱きついてくるのに。なんで?俺なんかしたっけ?ヘラヘラ笑って広げていた両手が所在無くて、なんとなく空気をかき回してからアンの背中を追いかけた。

スタスタ
ぱたぱた

スタスタ
ぱたぱ・・ガチャン!

結構な音を立てて閉まった寝室のドアの前で、俺はそわそわと立ち往生。どう考えてもアンはご立腹だ。確か今朝まではいつも通り機嫌もよくて、俺がせがんだいってきますのチューにだって、笑いながら応えてくれた。自慢のリーゼントが崩れないように気をつけながら、ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。少なくとも今朝までは問題なし。うん。
アンと付き合い始めてからは女関係だって全く問題ないし。っていうかアン以外の女なんかじゃがいもと一緒だ。全く興味ねぇ。うん、これも問題なし。開かないドアの前で腕を組んで考えるけど、心当たりがひとつもない。

「なぁアン、どうしたんだ?俺なんかした?」

何度か呼びかけるが返事は一つも返ってこない。これは本格的に怒っているらしい。やばい。

「アンー」

情けない声で名前を呼んでいると、ドアが開いた。

「なんでもないからほっといて」
「・・・え、や、でもよ」

明らかに苛立った様子のアンがそのままリビングに向かうから、俺もあわあわと後ろを着いて回る。俺よりも随分ちっこい背中は完全な拒絶を示していて、その二歩後ろを歩く俺は困りきっている。

アンがムスッとしたままポスンとソファに座り込んだ。怒ってるのにポスンってとこがこいつのちっこさを表していて、俺は頬が緩んでしまう。だってすげぇ可愛いじゃねぇか。

「なに笑ってんの?」
「わりぃ。俺のアンちゃんは可愛いなぁと思ってよ」

ギロッ

「あーうそ・・じゃねぇけど。んな怒んなよ」

褒めたのに睨まれた。でも俺はめげない。

「アンちゃんどうしちゃったのよ?」

ソファのど真ん中を陣取るアンの隣に潜り込むと、アンは膝を抱えて小さくなってしまった。拒絶している風に見えて、少しだけ端に寄ってくれる辺りがこいつのいいところだ。

「ん?どした?」

顔を覗き込むけど、膝にぴたっと埋めていて表情が全然見えない。


「なんでもない」

小さく漏れた声を聞いて、俺はあぁ、と思った。
丸まったちっこい体ごと抱きしめる。そのままの体勢で少し傾いてきたぬくもりは、手を振りほどくことも、ほんの僅かの抵抗も見せない。
俺は優しくぎゅっと力を込めて、アンをまるごと包んでやる。ぽんぽんとリズムよく背中を叩いてやると、俯いたままの頭を胸にすり寄せてくる。ほんの少しだけ。
柔らかい髪を指で掬って少し見えた目尻に、優しくキスをひとつ。

「職場で嫌なことあった?」

言葉は返ってこないけど、代わりに頭が少し離れる。

「今日は確か棚卸しだったっけか。大変だった?」

離れた頭が僅かに動いて腕に触れる。

「そっか。頑張ったな」

エライエライ、子供にするみたいに頭を大きく撫でてやると、丸まった膝の間からふふっと小さく声が漏れた。

「俺のアンちゃんは頑張り屋さんだなぁ。弱音もぜーんぜん吐かねぇし?」

アンちゃんが過労死したら、俺っちどうしよう?
ヘラヘラとおどけてみせると、アンはまた膝の間でちいさく笑って「バカ」と言った。


【透明濃度】
グチ、やつ当たり、上等です。
ボクはキミの癒し係
(よしじゃあこのまま寝るか?)
(ヤダ)


疲れたからサッチに癒されたかっただけ。後悔はしてない。



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