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▼ 抗えるわけがない

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人を見た目で判断するなとはよく言うけど、実際に外見を度外視できるやつはそうそういない。例えば綿菓子みてぇなふわふわした女を見たら、弱くて可愛い。そう考える奴は多いだろう。でも気をつけたほうがいい。もしそいつが毒を持っていたら、その効果は何倍にも跳ね上がるから。

「マルコたいちょー」
「アン、随分飲んでるじゃねぇか」

らいじょーぶー!宴の席でにこにこと笑っているアンは自隊の隊員だ。他の奴が可愛いだのなんだの言っているのは知っているが、全く興味がない。そもそも自分の隊のやつに手出すなんざ、ありえねぇ。

「おら、ガキはさっさと寝ろ」
「ガキじゃないもん!」

呆れた俺がとっとと部屋にぶち込むべく後ろから脇に手を入れて持ち上げると、アンはウガッと怒って腕を噛もうとした。届かなかったらしい。一瞬不服そうな顔をしたかと思ったら、へへへーと笑って体を左右に揺らす。ガキだ。

楽しんでるのは結構だが、さすがに飲みすぎだ。明日は訓練があるってのに、これじゃ使いモンにならねぇ。
暴れるアンを樽のように抱えてさっさと部屋に向かった。

「わはは、隊長お疲れさんです!」
「送り狼にならないでくださいよー」
「うるせぇよい」

からかいの声もそれに答える俺も随分軽い。誰も本気でそうなるとは考えていないからだ。

顔は悪くないが、ガキ。
やたらふわふわした、ガキ。

これが俺らの共通認識。

「おら、さっさと寝ろい」

パサリとベッドに落とすと、アンはむにゃむにゃ言いながらシーツを手繰り寄せて丸まった。まるで小動物が外敵から身を守っているようで、俺は小さく笑ってしまう。ちらりとのぞく顔を見ると無防備にもほどがあって、更に笑った。

部屋を見渡すと、やはり男の部屋では絶対見つけられないような色の雑貨が並んでいた。二つ並んだ机の片方はからっぽ。1ヶ月前にビスタんとこの女クルーが一人モビーを降りた。今もそのままになっているのだろう。机もベッドもふたつずつ並んでいるのに片側だけがガランと空洞だ。バランスが悪いなとどうでもいいことを考えながら、足を出口に向ける。

「隊長」
「まだ起きてたのかい」

ドアノブを持ったまま振り返ると、アンが丸まったままちょいちょいと小さく手招きをした。

「寝れないんです。添い寝してください」
「はぁ馬鹿なこと言ってねぇでさっさと寝ろ」

なんだってんだい。ったく、わざわざベッドの前まで戻ってきてやったってのに。ノックをするように指で頭をコツンをすると、痛いとへらへら笑ったアンは、そうするのが当たり前といった自然さで俺の手を包んで引きよせた。

「寝ませんか、一緒に」

不覚にも心臓が鳴った。こんなガキ相手に。虚を突かれた俺は、引かれる手そのままにベッドに沈んだ。
丸まったままのアンとぱちりと目が合った。にっこり笑って身体を僅かに起こしたアンが、目を合わせたまま俺の身体に馬乗りになる。
胸の刺青をなぞるように撫でた右手が、そのまま俺の顔に伸びて、耳を撫で、頬を包んで、それから親指でゆっくり唇の輪郭をなぞった。こちらを見下ろしながら微笑む顔は完全に女のそれで。それどころかその辺の女など比ではないほどの妖艶さまで湛えていた。

「隊長、食べてもいいですか?」

ヤっちまいてぇ、と思った。


でも。
顔に添えられたままの手を掴んで、唇を落とす。

「あいにく俺は船の女とどうこうなるつもりはねぇよい」

正確に言えば女クルーとは、だが。ナースは別だ。あいつらとはお互い同意の上での割り切った関係だ。

「しかもお前は俺の隊の部下だからねい」

こういう状況にも慣れている俺は冷静に言う。

だから、と言葉を続けようとしたら、アンがふふっと笑った。そのまま少し開いた俺の口に、軽く曲げた人差し指を押し入れ、目を細めた。

「だめよ、私が食べたいの」



「黙って、食べられなさい?」


そのまま落ちてきた唇に、男なら、【抗えるわけがない】

綿菓子の逆襲
甘い罠にお気をつけ遊ばせ?




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