▼ 釣った魚にえさ
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釣った魚にはちゃんとえさをやらないといけない。どれだけ心の中で愛していても、言葉や態度で表さないと途端に腹をすかせてしまう。常に愛を欲する、それが人間ってやつだからな。だからちゃんとえさはやらないといけない。近くで美味そうなえさをちらつかせるやつがいる場合には特に。
久々の停泊。酒場で騒いでいたら店の前をアンが通りかかった。騒ぎようから俺たちだと気づいたのだろう。窓からひょいと顔を覗かせたアンは店内を眺めて、ある一点で一旦停止した後またひょいと消えた。
俺はグラスを傾けながら横目でそれを見届けた後、店を出た。そういう女とよろしくやってる一番隊の隊長さんを残して。
今日は満月。
雲一つない空は月明かりで明るい。
「何してんだ」
モビーの船縁いる影に声を掛ける。
アンだ。
「海」
アンは一言だけ口にして、船縁を軸にそのままだらんと上半身を折って海に向かって倒れこんだ。洗濯物みたいで笑ってしまう。
逆さになった顔をこちらに向けた。黒くてまっすぐな髪が船に合わせてゆらゆら。月明かりに照らされてキラキラ。
目が合った。アンがだらっと口を開く。
「見てるー」
1秒考えて俺は理解した。あぁ見てんのな、海を。
こいつはマルコの女。美人の部類だが、なんというか雰囲気がだらけている。24時間365日一貫して面倒くさそうな態度を崩さないその様は、ある意味感嘆に値する。無理やり良く言うと、飄々としているとでもいうのだろうか。いや、やっぱり違う。それはよく言いすぎだ。
どんなに厄介な戦闘でも顔色一つ変えずに淡々とこなすアンに俺は以前聞いたことがある。戦闘中なに考えてんだ、と。こいつは、しれっとこう答えた。
「一秒でも早く終わらせて寝たい」
そんなこいつとマルコは何故だが付き合っている。そんで俺もこいつが好き。
「あぶねぇぞー」
停泊しているとはいえ、海の上。しかも夜だ。夜の海は真っ暗だから助けるのは厄介だし、何よりせっかく島にいるのに好き好んで海になど飛び込みたくはない。
干されたシーツ状態でゆらゆら揺れているアンに呆れを篭めたため息をこぼしてから、背後から抱え上げる。背中から包むような体勢になると##NAME1##はくたーっと全身の力を預けてきた。油断しすぎだ。
「あーーなんでマルコなんて好きなんだろー」
アンがバカみたいに間延びした声を出した。今度は声に出して笑ってから返事を返す。
「あーーじゃー俺にしとけー」
真似してだらっと言うと、アンはきょとんとした顔で振り返って俺を見上げた。
「なんで?サッチ私好きだった?」
「おうよ」
「へーー」
アンはまた海の方に向き直って伸びをしながら倒れてきた。実にどうでもよさそうだ。
「俺だったら大切にするぜー」
「ほぉー」
「夜も結構頑張っちゃうー」
「それはどっちでもいいなぁー」
「毎食後にデザートつけちゃうー」
「おぉーそれいいなぁー」
「じゃあ、俺にしとく?」
後ろからぎゅっと抱きしめて意図的に甘く囁いた。
「うんじゃあそーするー」
返ってきたどっちでもよさそうな返事に、俺はアンの首に顔を埋めてひひっと笑った。
ほら引っ掛かった。お前は適当に答えたつもりだろうけど、俺を選んだ時点でお前は俺のモンだからな。
釣った魚にはちゃんとえさをやらないといけない。常に愛を欲する、それが人間ってやつだからな。近くで美味そうなえさをちらつかせるやつがいる場合には特に。
「一生離してやんねー」
「こわいー」
「おれっちの愛、毎日たっぷり注いじゃうー」
「きもいー」
だって、俺ってば、
【釣った魚にえさあげまくるタイプ☆】
殺さない程度に、な。
「マルコー、私サッチと付き合うー」
「よ、よい!?」