▼ 永遠を願う、暑い夏の日
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タイセツにしたいと思うやつができた。
弟とも親父とも家族ともまた別で。顔が見たくて、声が聞きたくて、笑ってほしくて。たまに怒らせちまうけど、悲しそうな顔だけは絶対にさせたくなくて、とにかく傍にいたい。
なぁ、アン。
俺はお前にハツコイらしい。
甲板へと続く扉を開けると、眩しい光に包まれた。吹き抜ける風が熱い。モビーは今、夏島海域を航海中。
「アン知らねぇ?」
何度となく同じ質問を繰り返し、辿りついたのは甲板の隅。船内も暑いけど、外は日差しが暴力的に降り注いでいる。
そんな甲板にアンはいた。なんとこの暑さの中で寝ているらしい。先ほどまでは大きなマストの影になっていたのだろうそこは、今や直射日光の独壇場。アンは額に大粒の汗を掻きながら三角座りのまま丸まって寝息を立てていた。
起こしたほうがいいに決まってるけど、たたき起こすわけにもいかない。気は強いのに、こいつの身体は小せぇから。前にそうしたら「馬鹿力!」と怒られた。痛い痛いとふーふーしていたあいつの肩は真っ赤になっていて、すげぇびびった。そんで意味が分からなかった。
だから起こせない。アンに痛い思いはさせたくないから。
おろおろと周りを見渡したけど、夏の真昼間に甲板に出てくるやつなんているわけもなく。隣にしゃがみ込んで顔を覗き込む。
「なーアン−」
そっと頭を撫でると、髪がものすごく熱かった。慌てて帽子をかぶせてやる。
手を離すと、見慣れたオレンジは思ったより深くまで沈んだ。頭どころか顔まですっぽり入ってしまったらしい。なんだよこいつ、頭まで小せぇのかよ。離した手をそのままに新たな発見に驚いていると、寝苦しそうな声が漏れた。慌てて帽子を取って、またそのままの体勢で様子を確認。よし、セーフ。
帽子はだめだったらしい。日陰に運んでやることにした。膝の下にそっと腕を入れて、とりあえず一番近い日陰へ。船内まで行くと起こしちまうだろうし中は中で暑いから、もしかしたら日陰が一番かも知れない。額ににじむ汗を拭いてやろうとして、はたと気付く。
俺、布持ってねぇ。
まさかズボンで拭くわけにもいかない。慌てて船内にタオルを取りに戻る。
あ、起きたら喉渇いてるよな。
あ、サッチのやつが果物冷やしてたな。
あ、クッションも持ってってやろう。
あ、髪くくったら涼しいんじゃねぇか。
あ、
あ、
あ、
思いつく限りのものを抱えて大急ぎでアンの元に戻る。
戻ってくる頃には水はほとんど零れてなくなってた。
果物はぬるくなってた。
クッションはうまく使えなかったし、髪は燃やしそうだから途中でやめた。ていうかちょっと焦げた。
なにをやってもうまくいかなくて、心臓がぎゅっと痛くなった。
喜んだり笑ったりさせてぇだけなのにな。
丸まって眠るアンの隣に座る。同じように丸まって、同じように膝に頭を乗せてみた。
アンが笑えば、俺も楽しくなって、
アンが喜べば、俺も嬉しくなって、
アンが悲しめば、俺も悲しくなって、
でもアンが怒ったら、俺の心臓は痛くなる。
俺が笑っても、アンは怒るときがある。
俺が喜んでも、アンは不思議そうにするときがある。
でも、俺が悲しんだらきっとアンも悲しんでくれるから。
空気が揺れる音がした。抱えた膝をそのままに横を向くと、アンがこちらをみて笑っていた。嬉しそうに笑っていた。
タイセツにしたいと思うやつができた。弟とも親父とも家族ともまた別で。顔が見たくて、声が聞きたくて、笑ってほしくて。たまに怒らせちまうけど、悲しそうな顔だけは絶対にさせたくなくて。
もう二人溶け合っちまって、一つを二人で分けられたら、同じことで喜んで、同じことで笑えて、違うことで悲しむことはなくて、きっと喧嘩にもならない。
でも、それじゃあきっと全然つまんねぇから、アンはアンで、俺は俺で、ずっとこのまま分け合い続けたらいいんだろうと思う。
小さな小さな唇に、そっとそっとキスをひとつ。
【永遠を願う、暑い夏の日】
タイセツの仕方がわからないから、形だけでも同じになりたいエース。
スキの伝え方がわからないから、せめて“同じ”キモチになりたいエース。
エースと付き合う女の子は「エースはエースのままでいいんだよ」と優しく包み込んでくれる、不安を拭い去ってくれる、そんな子がいいとおもう。