▼ 君にしか見せない
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わたしには彼氏がいる。
とっても怖くてあんまりしゃべらなくて、しかも色気が常に満開なんだ。
なんでそんな人がお前なんかと付き合ってるのかって?
そんなの知らないよ。
気付いたら彼女にされてたんだから。
でもわたしは大好きだよ?
だって、イゾウはね、本当はとっても寂しがり屋で甘えん坊なんだ。
「どこ行くんだ?」
「ん?エースとトランプ!今日は絶対負けないんだから」
晩御飯も終わってお風呂にも入った。つまりあとはもう寝るだけだけど寝るにはちょっとまだ早いというそんな時間。
次の島での食べ放題券を巡っての真剣勝負に挑むべく、廊下を勇み足でテッテっと歩いていると、イゾウに呼び止められた。
「だめだ」
「なんで?食べ放題だよ?食べたいよ、ケーキ」
「ちょっと来な?」
イゾウのちょっとはちょっとじゃない。
これは今まで何度も経験して、最近漸く理解したイゾウ豆知識だ。
「イゾウのちょっとはちょっとじゃない!」
言ってみた。
先制攻撃というヤツだ。
「俺にとっちゃあ少ねぇぐらいだ」
イゾウが目を細めて可笑しそうに笑うから、私の顔は途端に赤くなってしまう。思わず周りにきょろきょろと目を泳がせた。イゾウの色気が周りに舞った気がしたんだ。
頭の上から、ふっと小さな笑い声が聞こえた。
一見馬鹿にするようなそれだけど、わたしは知ってる。
その目がとても優しいから。
イゾウが私の腕を掴んで、踵を返した。まっすぐ前を見てすたすたと進むから、あわあわと小走りでついていく。
「イゾウ!エースットランプーっ」
「黙りな」
こちらを振り返ることなく、イゾウがぴしゃりと言い放つ。
イゾウは廊下のど真ん中をスタスタ歩くもんだから、すれ違うクルーは全員道を開けた。後ろにわたしがくっついていることに気付いた人は、どんまいとでも言いたげな憐れんだ目で励ましてくれたから、わたしもへらっと笑って応えた。
でも、わたしは知ってるの。
イゾウの部屋に入ったら、すぐに腕が開放された。あごでベッドを指すから、座れってことかと理解しておとなしく座る。本当はものすごく不服だけどねっ。
「ちゃんと乾かさねぇと風邪引くだろ」
「わっぷ。ほっといたら乾くのにー」
タオルを取り出していたイゾウがわしゃわしゃとわたしの頭を拭く。犬か、わたしは!
イゾウは丁寧に見えて、実は非常に大雑把だ。
「だめだ」
「わかったわかったよっ自分でできるってば」
せめて自分でと言うと、背後から包み込まれた。
「俺がしたいんだ。だめか?」
ぎゅっときつく優しく包んでくれるから、
見えないけどその唇はきっと、少し尖っているから、
わたしは心がぽかぽかして、くふくふ笑った。
【君にしか見せない】
「エースー来たよー!」
「ゲッなんでイゾウも一緒なんだよ」
「助っ人だ」