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▼ 13センチの恋

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晩夏というよりは初秋。ほろ酔いの火照った肌に吹き抜ける風が心地いい。
久々に集まった友人との楽しい時間の空気を全身に纏ったまま、飲み屋界隈を抜けて商店街を歩く。ストリートミュージシャンの奏でる音がアーケードに反響して、ブチ猫がゴミ箱の上でミャアと唄った。

足取りはふわふわ。
反響する歌声に合わせてうろ覚えの英語なんて口ずさんでしまうあたり、酔ってるなぁという自覚もあってその事実がまた楽しい。

「ッ、あ」

フワフワと漂うように歩いていると、右足からカクンとバランスを失って地面に膝をついた。
あ、捻った?右足に微妙な違和感。

「痛、くない。ふふふ」

なんだ気のせいか。よかったよかった。
きっとアルコールのせいで、足がもたついたんだろう。今日は普段滅多に履かないハイヒールなのだ。そもそもお酒は強いほうではない。むしろ完全に弱い部類の私は摂取した量こそ少ないけどその分一滴の効果は他人の数倍だ。そんな私が今履いているのは13cmのハイヒール。そりゃあ足がもたつきもする。捻挫しなくてよかった。

「セーフセーフ」

ふふっと笑って数歩進むと「あ、」またカクン。1メートル足らずの距離で二度も崩れ落ちるという快挙を成し遂げた私は、さすがに捻ったことを自覚して、膝をついたまま数拍右足を見つめた。見つめてはみたけど、大した痛みはない。ただ心拍に合わせて足首の辺りがズンズンと脈打つだけだ。

よし、問題なし。
ぱっと顔を上げると「え、」いつの間にか目の前に見知らぬ男が立っていた。髪型こそ奇抜だけど、この時間でもパリッとしたスーツを着こなしている姿は非常に様になっていて、簡単に言うとできる男といった感じ。つまりかっこいい。

「…平気かよい?」

見られてたか。
さすがに恥ずかしい。いい年した大人の女が道端でこけるというのは、想像以上に恥ずかしいものだ。できればそっとしておいてほしい。

「あぁこれ?平気平気。全然痛くないし」

慌てて立ち上がって「ほら。ね?」全く問題ないことをアピールするようにその場で右、左と数回足踏みしてみせた。おまけににっこりと笑顔を返したのに、その男は疑うように眉を顰めた。

「お前ェ酔ってるだろい?」
「いえ、」

「…」
「…多少?」

だろうなとばかりに此方を見る目は、私の身長を考慮しても眠たげだ。なに、この人。眠いなら帰ればいいじゃん。
まるで尋問のような口調が気にくわなかった。

「じゃ私もう行くんで」

さっと手を上げて、長身の横をすり抜ける。

「…ちょ、なんですか!?」

通り過ぎる瞬間、何故か手首を掴まれた。

「セクハラですか?やめてよ!変態!!」

ぶんぶんと腕を振って手首に巻きついた手を外そうと試みるも、所詮女の力。しかも手首にぐるっと回った指は私の手首を一周してもまだ随分と余裕があるようで全然外れない。キッと睨みつけると、男はまるで困ったとでもいうようにあーと空気が洩れるような声を出した。

「…お前、家は?」
「は?」

「家この辺かい?」

意味が分からない。
一瞬かっこいいとか思った私のバカ!ただの変態じゃんこいつ!

尚バタバタと暴れると「わ、」またカクン。バランスを失った身体は前のめりに倒れて、あろうことか変態の胸に崩れ落ちた。
そのまま抱きとめられる。
頭の上に「落ち着けよい」とため息混じりの声が落ちてきた。変態らしからぬ穏やかな口調にハタと顔を上げると、その人は困ったように笑っていて、ドキンと心臓が音を立てた。

「あー…酔ってる時は、よい。感覚が鈍ってるから痛みは感じねぇけど、そのまま歩いて帰るってんなら、」
「…てんなら?」

パチリ
目が合った。
吸い込まれるような綺麗なブルーの瞳は凪の海のように穏やかで、とても暖かかった。
フッ。ぽってりとした唇から優しい空気が洩れて、ブルーが細くなった。

「ほっとけねぇよい、俺が」

その唇と青い瞳に、なにより目尻にできた小さな皺にさえドクンドクンと心臓がうるさくて「…あ、りがと」私もつられて目を細めた。


【13cmの恋】
「え、ちょ!お姫様抱っこはさすがに!!」
「おんぶのほうがいいのかい?そのスカートでか?」
「や…うん、それはそうだけど…ってどこ行くの?」
「俺んちのが近いよい。泊まってけ」




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