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気付いたことがある。
マスターは基本的に、カウンターから出てこない。
店は一人でやってるから、注文を聞きにいったりカップを下げたりはするけど、それも必要最低限だ。それ以外はカウンターの中で、豆を見ているか、片づけをしているか。そして何もすることがない時は、椅子に腰掛けて本を読む。

好きだと自覚した私は、当然ながらもっと親しくなりたいと思うわけで。つまり、今やるべきことはマスターをカウンターの外に引きずり出すことだと思う。
だってカウンターを挟んでいたら、私たちは永遠に店主と客でしょ?手始めに、意識を読書から逸らすことにした。

「…何読んでるんですか?」
「ん?あぁ。本だよい」

だろうね。知ってるよ。
そうじゃなくて、

「どんな話なんですか?」

マスターが手に持つ本はとても年季が入っている。紙も黄ばんでいるし、装丁だって今にも解けてしまいそうだ。何度も何度も読み込んでいるだろうことは、一見しただけで分かる。時折見える頁には挿絵があるから、古い物語なのかもしれない。

「くだらねェ夢物語だよい」

聞いても退屈するだけだと前置きをしてから聞かせてくれたのは、遠い昔海に生きた男の物語だった。

「その男はずっと一人で旅を続けてたんだよい」

無口で孤独な男は、途中立ち寄った街で言葉を話す古ぼけたラジオを手に入れた。まるで生きているように会話をするそのラジオは、女の声で名前も名乗った。
男は孤独じゃなくなった。ラジオから聞こえる声はとても優しくて明るくて暖かくて、

「恋に落ちたんだよい」

男はいつしか恋に落ちた。見たことも、まして人間ですらない相手に。

「…それで、どうなったの?」
「あぁ。ある日ラジオが、女が言ったんだ。とある島に行ってくれと。そこに私は眠ってるからってよい」

男はその島を探した。荒れ狂う嵐を超えて、山のように大きな崖を越えて、見たこともない怪物と戦って。漸くその島に辿り着いたところで、

「…ところで?」
「死んじまったよい」
「え、」

浜辺で力尽きた男に、一人の島娘が祈りを捧げる。その声はとても優しくて明るくて暖かくて。
−どうか愛しいこの人に、もう一度生きる力を−
そう呟いて、口付けを落した瞬間、男は目を覚ます。

「そこは旅の途中にたまたま立ち寄った街で、男は古ぼけたラジオを手にするんだ」

永遠ループだ。

「男の人、覚えてないの?その女の人のこと」
「さぁどうだろうねい。覚えてるのか、忘れちまってるのか、何も書かれてねぇよい」

「なんか悲しいね。もし記憶がなかったらまた同じこと繰り返すのかな」
「でももし女のことを覚えてたら、よい。幸せだと思わねェかい?」

「しあわせ?」
「あぁ、何度だってまた会えるんだ。女は男を永遠に想ってて、男も女を、…ってつまんねぇな」

はたと我に返ったように苦笑いして、パタンと頁を閉じた。
表紙は題名も読めないほど古ぼけていた。マスターがその表紙をゆっくりと指でなぞる。
気付いてしまった。

「…マスターにもいるんですね。そういう人が」

表紙をなぞる指が、
見つめる瞳と伏せた睫毛が、
そのすべてが誰かへの想いで溢れていた。

なんだそれ。完敗じゃないか。そんな人がいるなら、私なんかが敵う筈ない。
胸が苦しくてたまらない。失恋確定と悟った瞬間、悲しいことに私は想いの深さを身に沁みて実感した。

マスターは何も言わない。
大きな大きな沈黙が店内を埋め尽くして、珈琲の香りだけが妙にはっきりと感じられた。

ボーン、ボーン、ボーン

古時計が鳴った。三時か。あれからもう一時間も経ったらしい。
おかしなことに気付いた。

ボーン、ボーン、ボーン、ボーン

古時計が鳴り止まない。どうしたのかと背後にあるそれを振り返ったところで、ぐらり身体が揺れた。視界の端で捉えた時計の針は、長いのも短いのも、ぐるぐると逆周りをしていた。頭がくらくらする。意識が飛びそうだ。

どうしちゃったの?ゆらゆらと揺れる地面が無性に心許無くて、足を地面から少し持ち上げた。椅子に座ったまま三角座りでもするみたいに抱きしめて、顔を埋める。

「…覚えてねぇかい?」

ボーン、ボーン、ボーン

まだ鳴り止まない時計の音に混じって、マスターが何かを呟いた。

「…え?」

聞き取れなかった。
だから、顔を上げた。

顔を上げる瞬間、潮の香りがした。

「まだ思い出さねェかい?」


−アン−

誰かが私の名前を呼んだ。
愛しそうに、歯がゆそうに名前を紡ぐその声を、私は知ってる。


「…マルコッ、!」

ボーン

最後にひとつ音を鳴らして、時計が鳴き止んだ。
見上げた先には、シャツをひっかけただけの逞しい胸板と、大きくて偉大なジョリーロジャー。

「…ったく、何回目だと思ってんだい」
「マルコ…」

「もう絶対離さねぇ」

此方に伸びてくる愛しい腕は、潮の香りがして。

「…ッマルっ、」

応えるように差し出した私の腕にも青いシンボル。
オヤジがグララと笑った気がした。

あぁそっか。
思い出した。
私、時空を超える悪魔の実を食べたんだ。それでいつも時空を飛んじゃって、でも何故か辿り着くのはいつもマルコの前世だか来世だかで。

「私、また飛んじゃったんだ」
「勘弁してくれよい。同じ本ばっか読むのもいい加減飽きたからねい」
「ん?あぁその話なんか似てるもんね。永遠の愛ってやつ?」

マルコの手元にはついさっき目にした本があった。永遠っていいねなんてくすくす笑うと、呆れ顔のままチョップされた。
痛いな、ちきしょう。文句を言いながらぎゅっと抱きついた。
とくん、とくん。マルコの心臓の音が聞こえて、やっぱり好きだなぁと思った。


「…会いたかった」
「忘れてた分際で何言ってんだい」

「忘れてたけど、会いたかったよ?」
「…時空を超えたら記憶を無くすってのはなんとかならねぇのかい?しかもよりによってなんで俺だけ覚えてんだよい」

前世、来世、俺ァ全部の俺が不憫でしかたねぇ。
ぼやくその口調は拗ねてるみたいで、私は相当迷惑をかけてるにも関わらず、笑ってしまった。

「次は覚えとくように善処します」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよい」

「…ごめん。でもしあわせなんでしょ?覚えてるほうがなんだっけ?何度でもまた会えるし、ずっと想えるからしあわせ?」
「…言ったろい、もう二度と離さねェ」

そう囁いて、マルコは私に口付けした。
嬉しくて、幸せで、泣きたくなった。


ふと、目を開けるとそこは−−−−−−

「そこ、邪魔だよい」
「え?」


【永遠リピート恋の味】
「…っッ!!!親父!俺ァもう海楼石肌身離さず持っとくよい!」
「グラララ」




なんだこれは。
でも、何度出会っても毎回自分に惚れてどぎまぎしてるヒロインを見れるってのも満更じゃないマルコ。謎




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