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▼ ロマンチックが裸足で逃げ出すプロポーズ

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大人ってのは厄介な生き物だ。
いろんなことを経験して、経験値を蓄えた人間を大人というんだろうけど、それと反比例するように人間ってやつはどんどん臆病になる。

大切なものがどんどん増えて、大切なのに大切にできない何かを幾度も置き去りして、どんどん怖がりになって。いざ本当に大切なものが目の前から消えそうになっても手を伸ばすことさえ躊躇っちまったりして。

ん?何を一人で語ってんのかって?いいじゃねぇか、ちょっとくらい愚痴らせてくれよ。だって俺ってば今まさにそういう状況に置かれちゃってんの。
だからあれだ。今から俺が話すのはいい年したおっさn、げふん。…大人ってやつのよくあるありふれた話。


通い慣れたアパート。
街灯の下で窓を見上げたけど、灯りはついていない。

「もう寝てんのかねー」

それとも、と頭に浮かんだ言葉の続きを打ち消して「よし」と気合を入れる。手に持ったコンビニ袋がカサカサと音を立てた。
自分の彼女に会いに行くのに心の準備が必要なのは、別れを切り出されるんじゃないかなんて考えちまうから。

もうかれこれアンに会っていない。
お互いの家は決して遠いわけではないから会おうと思えば会えるのに今こういう状況になっているのは、仕事が立て込んでいたせいだけではなくて。

「ローに告白された」

数日前、電話越しに告げられた言葉が頭にこびりついて離れないから。
ローというのはアンの一個上の幼なじみで、この春晴れて医者になったイケメンだ。

正直言ってかなり手ごわい。
俺からしたら随分年下だけどガキだと一蹴することができないのは、アイツが本気だということを知ってるから。

何故なら「せいぜい今を楽しみな。おっさん」アンを通して初めて会ったその日、アンが席を立っている隙に、ガツンと宣戦布告された。
まるで##NAME1##が最後に選ぶのは自分だと確信しているように堂々とした宣言だった。その時俺は強気な発言を返したけど「あ、やべぇ」本音を言うとかなりの打撃を受けた。

アイツはきっともうガキの頃からずっとアンに惚れてるんだろう。そしてずっと隣にいた。アンにとってもローは特別。
二人を繋ぐ線は太くて強い。仮にその線が目に見えるものだとしたら、きっとそれは綱と称してもいいくらいの代物に違いなくて。


プルルルルー

手のひらの中の合鍵に視線を落としながら携帯を鳴らす。いくら付き合いが長いとは言ってもさすがに勝手に入るわけにはいかない。
別に部屋にダレがいるとかそういうことを考えているわけじゃないかんな。弱気な自分が自分に言い訳。

部屋の中からくぐもった着信音が聞こえる。アンは部屋にいるらしい。やっぱ寝てんのか。
ドアの前で暫く悩んで、結局中に入ることにした。

数週間ぶりなのだ。漸く厄介な仕事から解放された俺としては会いたい。非常に会いたい。アンの笑顔は世界最高の癒しだ。

男物の靴がないことに無意識に止めてた息を吐き出して、いつも通りの片付いた部屋にほっとして、ふとんのこんもり具合にヒヤッとした。

一人、だよな?
電気の消えた暗い部屋で一人でビビッて固まって。

…うん一人だな。よしよし。
ほっと息を吐いてコンビニ袋をそっとテーブルに置いた。


「あぁ、悪ィ起こしたか?」

んーと言葉にならないことを口にしてアンが此方に寝返りを打つ。

「…んー…    。」
「ほら、アンちゃんのサッチだぞー」

不明瞭な言葉に、今呼んだのは誰の名前だなんてビビちまった俺は情けなくも自分から名乗ってしまう。

怖ェ。
とにかくもう、どうしようもないくらい怖い。
アンが離れてしまうことが。

俺もいい歳なのだ。
それなりに場数を踏んでるし、こと男女に関することであればその辺の男よりは経験値もあるほうだと思う。

慣れてる筈なのに。
振ることも振られることも。

でも、こいつだけは。アンだけは。
死んでも離したくない。

そう思うんだ。


「…サ、ッチ?」

寝ぼけまなこが俺を映してふわっと溶ける。

「会いたかった、」

忙しいの、もう終わり?
まだ夢見心地なんだろう。ぼんやりとした口調でアンが微笑む。

「おう、アン不足で俺もう死にそー」

ふとんの中から伸びてきた手を握り返して笑って見せたけど、きっとうまくは笑えてねぇと思う。

「ふふっ…変なかおー」

小さな手がどうしようもなく愛しい。
柄にもなく泣きそうになった俺を見て、アンは少し掠れた声で嬉しそうに微笑んだ。

あーやっぱすげぇ好き。
こいつだけは手放せない、絶対。
そう思うのにアイツとはどうなったのかその結果だけはどうしても聞けなくて、いい歳したおっさんが彼女のベッドサイドでモジモジ。
漸く目が醒めてきたらしいアンとパチリ目が合った。

「あー…うん、あれだ。その、あのよ、」

「ん?」
「…アイツとはどうなったんだ?」

探るように口にした言葉に「って、え?アンちゃん?」アンはむっと口を尖らせてぷいっと寝返りを打ってしまった。

「そうじゃなくて!もーサッチのバカ!」
「…えっと、ごめん」

まずいことを言ったか。いや、でもここはちゃんと聞いとかねぇと俺の精神衛生上、非常によろしくないわけで…
その場で固まったまま軽いパニックに陥っていると、布団の中でアンがモゴモゴとなにやら必死に叫ぶ。

「ローがどうとかじゃなくてっ!サッチはどうしたいの?…言いたいこととかない?」
「えーっと、アンちゃん?」

依然困りきった言葉しか返せない俺に、アンがぱさっと起き上がった。
キッと此方を睨む。全然怖くねぇしむしろ可愛いけど、さすがにこの状況でそんなことは口に出来ない。

「…じゃあ私が言うから、サッチちゃんと聞いてね」
「お、おう」

「私、サッチがすきなの。サッチじゃないとイヤなの。だから私とけkk、」
「ちょ、アンちゃんストップ!」

え、そういうこと?そういう流れ?
確かに俺だってアンと一生一緒にいたいし、結婚だって考えてる。むしろその先のまだ見ぬわが子を想像したり、マイカーでスーパーに買い物に行ちゃったりするほのぼの楽しい家族の週末を夢見てたりするけど。でもまだ早いっつーか、もっと準備がしたいっつーか、ロマンチックな演出がしたいっつーか?!少なくとも、残業続きのずたぼろスーツ姿で言うことじゃねぇだろ。

「…何?」
「いや、あのよ、こういうことはもっと」

「サッチ私とけっこ、」
「ぎゃーーー!待てって。待て、頼む待ってくれ」

情けないほど悲痛な叫び声を上げてアンの言葉を遮った。そんな俺を見て、アンがため息を吐く。
普段はちょっとガキっぽくてとにかく可愛くて可愛くて可愛いアンが、大人びて見えた。
此方をまっすぐに見て、諭すように言う。

「…あのね?サッチ。体裁とか、どれくらい付き合ってからとか、ロマンチックな演出とか。そんなのいらないんだよ?そんなつまんないこと考えてるうちにね、私がぴゅーっと他の人に取られちゃってもいいの?」

「え、…やっぱアイツと、」
「ちがうよ!そうじゃなくて」

俺の言葉がいつも足りないから不安になるのだと。
サッチには自分は必要じゃないんじゃないか、サッチにはもっと素敵な人のほうが似合うんじゃないか、そんなことを考えてしまうのだとアンはそう言って俯いた。

「アン、」
「…ん?」

「不安にさせてごめんな?」
「…うん」
「でも、やっぱ俺、超ロマンチックに決めたいんだけど?」

すんごいどっきり仕掛けちゃったりなんかして。

「うん、全然いらない」
「…デスヨネー。あの、じゃあせめて指輪持ってる時に…」

「もうっ!そんなのいらないってば!」
「や、でもよ、」
「あーもうじゃあこれでいいよ!」

そう言ってアンがコンビニ袋を奪って缶コーヒーのタブを引っ張る。

「えーっとアンちゃん?これって…」
「それ指輪ね!はいっどうぞ!」

ピシッと左手を差し出すアンに、俺はもう笑うしかなかった。

「僕、サッチは…ほら、続けて言って!」
「へ?…僕、サッチは?」

「アンと」
「…アンと」

「結婚します」
「結婚し…ます?」

よろしいっ。
にっこりと微笑んで薬指に輝くプルタブを此方に向けるアンに、

「…参りました」

俺は白旗をぶんぶんと振って降参した。




【ロマンチックが裸足で逃げ出すプロポーズ】




独り言
色んなことにこだわっちゃって臆病になって、なかなか一歩踏み出せないおっさん、とか可愛くないですか?謎
そんなサッチの尻叩いてむしろひっぱってやり隊。



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