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▼ 赤い糸をたどった先は

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「サイテーッ!」

バッチーン
うわ、痛そ。
先に言っておくけど、私が叩いたわけではない。断じて。

「ッテェ・・・」
「自業自得だって。私殴られなくてよかった」

私は加害者ではなく被害者だ。むしろ当事者でもない。よくある男女のもつれに危うく巻き込まれそうになったか弱い一般人だ。
目の前で顔をしかめて真っ赤になった頬を抑えるは、サッチ。結構年は離れてるけど分類でいうとたぶん幼なじみ。私が小学生、いや中学生になった頃に隣のアパート引っ越してきて、かれこれ10年くらいの付き合いになる。あの頃はなんでもできる隣の兄ちゃんだと結構尊敬してたけど22になった今、思う。なにこの女好きのおっさん。

買い物に行こうとしたら玄関先でサッチと鉢合わせた。ちょうど帰ってきたところらしい。

「スーパーに行かないかね?サッチ君」

今日はトイレットペーパーが特価なのだ。お一人様一個。何故得意げなのかというと、一人暮らしのサッチにとっても吉報だから。

「まじで?そりゃ行かねぇとな」

サッチは料理が得意で家事が好きだ。大抵のことは自分でやる。キッチンの流しの下には油を固めるなんかとかゴムパッキンとか、水垢やぬめりをとるなんかとかがたくさん入っている。主夫だ。ぱたぱたとキッチンを走り回る後ろ姿は完璧なまでのおかんである。普段周りにいる女達には隠してるみたいだけど。

「よしじゃあさっさと乗れ」
「何をエラそうに。早く車買いなよ」

なにそのポーズ。全然キマってないし。やたら得意げな顔で、カマキリみたいなハンドルの熊みたいに大きなバイクを親指で差しながら、サッチがヘルメットを投げて寄越す。エラそうに乗れなんて言うサッチに冷たい視線と言葉を送りながら後ろに跨った。
乗る時にはバイクを足で蹴らないように気をつけないといけない。コンセントを抜きまくったりトイレのタンクにペットボトルを忍ばせたり、掃除機でもクイックル的なワイパーでもなくほうきを使ったり、要は謎の節約術を駆使して必死で貯めたお金で買ったバイクなのだ。もしうっかり蹴ろうものなら鉄拳が飛んでくる。結構容赦ない。これも女達だったらなにも言わないらしいけど。

ブーンと駅前のスーパーに向かう。目印はやたらと大きな病院。
バイクを降りたらものすごい形相の女にサッチはビンタを喰らった。サイテー!と。

完全な勘違いだけど、私はわざわざ誤解を解いたりはしない。慣れているのだ。少なくとも5回は経験している。一度目は誤解を解いたほうがいいのかもしれないと思って口を開いたら、私までビンタをくらった。そしたらサッチが切れた。恐ろしかった。普段ヘラヘラしている人が怒ったらコワイというのは本当らしい。だから2度目からは、私は透明人間を目指して極力気配を消すことにしている。

「女遊びばっかりしてるからだよ」
「いやいやアンちゃん分かってねぇなぁ。さっきの胸見た?すごくね?」

私に聞くな。ていうか悪かったな、胸なくて。私だってまだまだでっかくなるんだから。たぶんだけど。

「さっさと一人に決めたらいいのに」
「あのなぁ、俺にだって本命くらいちゃーんといるっての」
「そうなんだ」

そうなんだ、なんてどうでもよさそうに返しながらも、私は胸がギューッと苦しくなった。いるんだ、本命。
遊んでばっかりだったからてっきり誰とも付き合う気はないんだと安心していた。もちろん遊びまわってるのを見てるのも、ビンタされそうになるものいやだったけど、サッチの特別な位置にいられるという欠片ほどの優越感だけが唯一の拠りどころだったのだ。

「告白とかしないの?」
「まだ難しいだろうなぁ。そいつってば俺に全然興味ねぇのよ」

ひどくね?なんてヘラヘラ笑いながらサッチはスーパーの奥様方に溶け込む。
そんなわけない。興味ないわけない。サッチは優しいし、空気を読むのがうまくていつもこちらが気づかないくらい自然に助けてくれる。
顔だって悪くはない。女好きの変態だけど。きっとサッチが本気で告白したらOKに決まってる。

「そっかぁ。そりゃ残念だね」
「だな」


【赤い糸をたどった先は】
きっと、同じ。
(サッチにカノジョできたら、ど、どどうしよう!)
(鈍感にも程があるよなー。ま、そんなとこも可愛いけどよ)




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