放課後、バスケ部のピンチヒッターとして試合をしていた彼らがベンチに戻ってくるのを見た私は、興奮した様子で話しかけた。

「八左ヱ門くん、おつかれさま!すっごくかっこよかったよ!」
「ははっ、ありがと。…ま、まぁ、ナマエのほうこそかわいいと思うけど…」
「え?」
「なに言ってるの八左ヱ門、俺のナマエに色目をつかわないでほしいのだ。それにナマエが可愛いなんて当たり前だから」
「も、もうやめてよ二人とも…っ!」

 いつものように言い合いをする二人を見て、わたしはほっぺたが真っ赤になるのを感じた。兵助くんと八左ヱ門くんはいっつもこう!ぜぇったいわたしのことからかってるに決まってるんだから!

「ナマエ、はやく帰ろー」
「きゃあっ!か、勘ちゃん!?」

 後ろから抱き着いてきた勘ちゃんに驚いた声がでた。ぐいっと体が密着して、思わず頬を赤らめる。友だちとしてのスキンシップだって分かってるけど、やっぱりどきどきしちゃうよ〜!

「僕に隠れて浮気?ナマエ」
「ら、雷蔵くん…!」

 穏やかな笑みを浮かべながら此方にやって来た雷蔵くんは、ちょっとだけ悲しそうな口調で言う。鉢屋くんは、穏やかな笑みを浮かべている雷蔵くんを見て顔を真っ青にしていた。もしかして気分でもわるいのかなぁ?

「勘ちゃん、ナマエが困ってるよ」
「はいはい、もうちょっとこのままでいたかったけど仕方ないね」

 はぁーあ、と大げさに溜め息を吐き出した勘ちゃんの腕の中からやっとの思いで抜け出す。熱をもったほっぺたを冷まそうとぱたぱた手で扇いでから、わたしは気を取り直してぱんっと手を叩いた。

「ほらほらみんな、はやくユニホームから制服に着替えなきゃ一緒に帰れないでしょう?」

 わたしの声をきっかけに、今までお喋りしていたみんなが動き出す。もうっ、みんな好き勝手ばっかりなんだから!でも、こんな時間がすき、だなんて、ちょっぴり恥ずかしいことを思ってみたり。

「やれやれ、俺らのお姫様には頭があがらないね」
「も、もうっ!はやく着替える!」

 わたしを見てくすくす笑いながら更衣室へと入っていく彼らに、わたしは顔を真っ赤にさせながら大きな声で叫んだ。


△▽


「詰んだ」

 風邪のせいでがらがらになった声で呟く。
 ベッドに寝転びながら虚ろな目をして天井を見つめていたナマエは、もう一度呟いた。

「絶望した」

 今のナマエに、一週間前の花が咲き誇るような優しい雰囲気など皆無であった。今にも投身自殺をはかりそうな、そんなどんよりとした空気が発せられていた。



 

 一週間高熱にうなされ、やっと熱が下がったという瞬間。ナマエはふと、全てを思い出した。
 この世界が前世大人気だった漫画の世界を元にした乙女ゲームだということを、それはもう突然、おびただしい程の知識が頭の中にながれこんできたのだ。

 
 ゲームの内容はありがちなもの。
 大川学園に通う主人公が、学園生活を送りながら個性豊かなキャラクターたちと恋に落ちる、という学園ものだ。
 メイン攻略対象は五人の少年たち。主人公は同級生として彼らと触れ合い、高感度をあげていくことによってキャラクターたちを攻略していくのだ。
 そんな王道的ストーリーだけではないのがこのゲーム、前世の私からすれば身もだえもののその内容も、当事者の今では笑えないことである。
――そう、そのゲームの主人公として転生してしまったナマエにとっては、なお更に

 ただの恋愛するだけの乙女ゲームだったならどれほどよかっただろう、ナマエは乾いた笑みを漏らしながら思う。もはや現実逃避である。


 前世でナマエが熱中し、何度も何度もプレイを重ねたそのゲームに出てくる攻略対象者たち、これが一癖も二癖もある者たちばかりであった。

彼らはヤンデレだったのだ。

 『ヤンデレ』

この言葉を聞いて乙女たちはなにを思い、なにを感じるだろうか。大好きなキャラクターが自分に対して狂おしいほどの嫉妬を感じてくれたなら。彼が全てを投げ捨て私を捕らえてくれたなら、と胸を高鳴らせる乙女は少なくないはずだ。もちろんナマエもその乙女たちと同じであった。

 高感度をマックスまであげると発生するヤンデレルート。もちろんそこまでたどり着くのは簡単ではなかった、と前世でこのゲームをプレイしたナマエは思い返す。数々のイベントを乗り越え、何十時間もの時間を費やし、晴れてプレイヤーに狂おしいほどの愛情を向けてくれるキャラクターを見られるのだ。

 ヤンデレルートになった結果訪れるエンディングはさまざまであった。束縛、監禁、嫉妬による暴力、依存。中には心中なんていうものまであった。こんなものに胸を高鳴らし、どき☆どきしていられるのは所詮そのゲームが二次元だとわかっているから。越えられない画面という、最強の盾に守られているからこその萌えなのだ。

 これらの記憶を一気に思い出した時、ナマエはひどく混乱した。見舞いに来てくれたキャラクターたちが取り乱すナマエを心配し、甘い言葉をかけてくるのをいつもなら真っ赤な表情で対応するにも関わらずまるっと無視し、彼らを部屋から追い出した。そうしてたまたま目の前にあった鏡にうつった自分の顔に、ナマエはとてつもない既視感に襲われた。


 間違いない、自分はあのゲームに出てくる主人公である桜山ミチカだ。いいや、苗字は同じでも名前は前世のままだから、成り代わった、というのが正しいのかもしれない。
 
 桜山ミチカというのは、自称普通の女の子。コンプレックスはいつもくるりと内側に跳ねてしまう肩までの髪。その髪色も普通とは程遠く、淡い桜色をしている。目がさめるほど濃い色ではなく、一見すると黒なのだが、よく見れば淡い桜色に見える、という意味のわからない髪色である。
 目はくりっとしていて、155センチもない身長で上目遣いなんてされた日には、男女問わず撫で繰り回しくなる所謂小動物系女子。記憶を思い出す前は、キャラクターにきゅるるんっ、と上目遣いを繰りだし(無意識)、平均よりは大きいたわわなおっぱいを強調するように胸の前で腕を組み(無意識)、「お願い、あそこのもの取ってくれないかなぁ?」と手の届かないモノを取ってもらったものである。
 前世を思い出した瞬間死にたくなったのもこの記憶たちが原因だったりする…。
今世の私あざとい!砂糖を吐き出すほどのあざとさだよ!!

「お、落ち着け、落ち着け私…」

 大きく深呼吸して精神を落ち着ける。
 今は過去の黒歴史たちに悶絶している場合ではない。今問題にすべきは、記憶を思い出す前の出来事ではなく、桜山ミチカを待ち構えている結末なのだ。
 このままいけばバッドエンドまっしぐら。前世何度もこのゲームをプレイした記憶から考えるに、今の桜山ミチカの状態は最悪も最悪、みんな仲良く全員円満攻略ルートだ。
 全員円満攻略ルートと聞けば聞こえはいいが、現在主人公ポジションに位置するミチカにとっては一番のバッドエンドとも言える。
 と言うのも、このゲームはヤンデレイケメン男子たちのヤンデレな部分を見るのが目的であり、束縛監禁依存暴力心中はむしろプレイヤーたちにとってのご褒美。
 しかも全員円満ルートというのは主人公が攻略対象者たちからの高感度を全員マックスにすることで起こる逆ハーレムルートで、このルートにはいることにより攻略対象者たち全員から病みに病んだ愛情を貰えるのだ。
 本来一人からのヤンデレエンドしか選べないにも関わらず、全員から強い愛情を注がれる逆ハーレムエンド、前世ヤンデレ大好きだった私が喜ばない訳がない。
 そして前世の私のそんな熱意を反映させたかのように、今の桜山ミチカの状態はどう考えても全員円満攻略ルートこと、逆ハーレムルート。
 となれば自分が進む道はただ一つ、乙女ゲー主人公としての人生の先に待ち構えているのが死亡フラグ乱立のバッドエンドなのだ……。


「過去の私の馬鹿ぁぁ…!!」

 病み上がりにも関わらず、思わず枕を何度も殴りつけてしまうのは仕方のないことだ。前世を思い出していなかったころの桜山ミチカを思えば、考えられないような行動だ。
 しかしもし今のミチカの姿を攻略対象者の誰かが見ていたら、興奮からごくりと唾を飲み下すだろう。
 涙目で枕をぼかすかと殴る姿は奇妙だが、しかし小動物のようにかわいらしい見た目をしたミチカがするとなぜか不快感はない。
 身もだえ暴れたことで乱れた髪から除く白い項、めくれ上がったパジャマからはきゅっと引き締まった腹が姿を現し、ボタンを二つはずした胸元からは艶やかな二つの双曲が見え隠れする。
 いくら中身がなんの可愛げもない擦れに擦れた精神に変わってしまっても、見た目はゲームと変わらぬ正真正銘桜山ミチカだ。いっそのこと見た目まで前世の通り平凡なものに変わってくれていたらと願わずにはいられないが、それは到底不可能なこと。
 今の現状を改善するには、自分から動かなければいけない。

「…とすれば、やることは決まってる…」

 ふふ、と不気味な笑みを浮かべながら明後日の方向を見据える。
 人はこれを開き直りとも言うが、そんなものは今はどうでもいいことだ。
 最低最悪のバッドエンドを阻止し、今世の幸せを掴み取るためにすることは一つ。

「ヤンデレフラグをばっきばきに折りまくる!!!」
 
 最後に勝つのはこの私よ!と高笑いするナマエは、明日から再び始まる学校生活を考えないように必死に高笑いし続けた。


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