記憶する脳髄


私があの部屋を見つけたのは、今夜のように月の瞬く夜だった。

ジョナサンは用事かなにかで一晩家をあけていたように思う。たまたま読んでいた本を読み終わった私は眠る気にもなれず、家の中を散策することにした。
この家に住み数年、何故改めてそのような行動にでたのかはわからない。ただ、ほんとうに条件が良かったのだと今ならわかる。あいつがいたなら、きっと近づけもしなかっただろう。忌まわしいことに、この私に数年間あの部屋の存在を気づかせなかったくらいだ。あいつの執着がまざまざと感じられる。


その部屋は、薄暗く湿った廊下を幾ばくか進んだその先にぽつりと存在していた。まるでなにかを隠すかのように。
物置かなにかかとドアノブに手をかけた私の耳をくすぐったのは、小さな女の声だった。少女にしては低く、女性というにはどこか幼さの抜けきらないそんな声が、ちいさく「じょなさん」、と。
扉を開けたのはただの好奇心。もし奴の女なら面白いと思っただけだ。かの愚かな女――泥水で口をゆすぐなどした屑女。名を出すのも忌まわしい――にご執着だった奴の次の女なら、弱みにでもなるのではないか、と。



目を奪われた、などと、ありきたりな表現だろうか。このディオがそのように思うなど。

「…だれ?」

声は耳に入らなかった。
暗闇の中、ぽっかり浮かぶ白い塊。腕も、脚も、おおよそ人にあるはずのものが存在せず、しかし瞳の中に輝きを散りばめた女。カーテンがしかれた薄暗い部屋の中、カーテン越しに部屋に降り注ぐほんの僅かな淡い光が彼女に降り注いでいた。

うつくしい、そう思った。





「ディオ?」
「…あぁ、なんだ」
「…いえ、出て行くならカーテンを閉めていってちょうだいね」

彼に気づかれるから、その言葉とは裏腹に、ナマエはいつまでも月を見ることをやめなかった。
目に焼き付けるように、いつまでも。




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