野をかける足 よる、目を覚ますと必ずジョナサンがいる。木製の椅子に座って本を読みながら、時にはわたしの顔をじっと見ながら。 「まるでわたし専用の執事みたいね」 「ナマエがのぞむなら、僕はいいよ」 なんの淀みもなく、はっきりと。 ある時冗談で言った言葉に、ジョナサンはそう返した。 きっとその言葉はほんとうなんだろう。ジョナサンはわたしが望むなら、なんにだってなってしまうのだ。 薄暗い部屋で、天井を見上げる。子どものような単純さで。 いつも彼を載せている椅子には誰も座っていない。わたし以外のなんの存在もない部屋。 ひるはいつも一人だ。学校があるジョナサンは、ひるまでわたしに付きっ切りというわけにはいかないのだ。 わたしにとって、”ひる”はみんなにとっての”よる”みたいなもの。 ひとりぼっちの時間。 自分自身に向き合うための時間。 「あー、あ、」 自分が生きているのを確かめるために、言葉にならない声を出す。時たまわからなくなる。自分が生きているのか、死んでいるのか。わたしはほんとうに人間なんだろうか、と。 そう言うと、きっとジョナサンは彼らしくない少し怒った顔で、「馬鹿なことを言うな」と固い声を出すのだろう。ナマエは死んでなどいないし、れっきとした人間だ、と。 でもわたしは不思議に思うのだ。わたしは他の人たちと姿形がまったく違うのに、どうしてわたしが人間だと証明できるのだろう、と。 ジョナサンには野原を駆け回ることができる、二本の足がある。誰かと握手をしたり、抱擁をするための二本の腕がある。それが普通で、当たり前なのだ。 わたしは、その”普通”も”当たり前”も、一度たりとも得たことがない。 「ジョナサン、」 カーテンに遮られた、小さな窓をぼんやりと見つめる。 ナマエは外のことなんて考えなくていいんだよ、と甘い声で囁く彼は、今頃野を駆けまわっているのだろうか。 back |