滑らかな腕


「じょなさん、」

ころりと飴玉を転がすように言葉をつぶやく。それは空気を、わたしの脳髄を震わし、目に見えない曖昧な場所へと消えていく。

「どうかしたのかい?」

ベットの横に置かれた木製の椅子に腰掛け読書をしていたジョナサンは、こてりと首を傾げ此方を向く。「じょなさん、」もう一度、飴玉を転がすみたいに舌の上で言葉を転がす。
ジョナサンは名前を呼ばれるのがすきだ。わたしが呼ぶと、いつもふわふわした顔をする。頬を淡い桃色に染めて。

「わたし、そらがみたいわ」

ふにゃりと緩められていた口元は消え、ジョナサンは途端に困った顔をする。これもいつも。わたしがこう言うと、まるでわがままを言う子どもに困らされている大人のような顔をするのだ。

この部屋にはなにもない。あるのはベットと、ジョナサンが愛用する木製の椅子と、小さな机だけ。
カーテンで締め切られた部屋の中は真っ暗だ。朝も、昼も、夕も、夜も。この部屋はいつも薄暗い。メイドだって寄り付かない。
まるで隠し部屋みたいだ、と思う。誰にも見つからないようにするための隠し部屋。

「わたし、外にでたいの」

夢の中で見た、辺り一面に咲く黄色い菜の花を思い出す。ふわりとゆれるレースのスカート。ひらひら飛びまわるモンシロチョウ。振り向くとジョナサンがいて、此方をじぃっと見つめている。

「ねぇナマエ」

ジョナサンの声は優しい。わたしの頭を撫でるみたいな、柔らかな声。だけれども浮かべられた笑みは少し困っているようにみえた。小さな子に向けるような、ちょっぴり困った顔。眉がへゃりと垂れ下がって、口元にはちょっとだけ笑みが浮かんでいる。

「そんな身体ではどこへも行けないだろう?」

彼のブルーの瞳には、ベットに横たわっているわたしが映っている。
そこには腕も、足も、ジョナサンにはあるはずのものがない不完全な身体があった。見慣れた身体だ。なにもできない身体、だ。

「ナマエは外のことなんて考えないでいいんだよ」

ジョナサンは言う。わたしがそらがみたいと言うと、いつも言う。

「君には僕がついているんだから」

ふんわりとした、こんな薄暗い部屋には似つかわしくない笑みを浮かべるジョナサンから、なぜだか目を逸らしたくなった。


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