底の底


くすんだ色をした木の扉は頑丈な錠がかけられていた。手に持った鍵束の中から目当ての鍵を見つけだし、開錠する。
地下に設けられたここは牢として作られた場所だった。隠されたように置かれた物置の床扉を開けるとここに繋がる階段が現れる。上級生になってはじめて知らされるそこは拷問部屋としても使われるらしい。数十年前には使っていたらしいが今ではあまり使われることもなく、忘れ去られた場所になっていた。
カチリ、と錠が開けられる音と共に聞こえた微かな悲鳴に仙蔵は笑みを深める。
そうでないと困る。なぜ私が一生見たくもない女の元へわざわざ通ってやっていると思っているのか。

「天女サマ、ご機嫌いかがですか?」

部屋へと足を踏み入れた仙蔵はみっともなく床に倒れ伏す女を見て眉を寄せそうになり、寸でのところで笑みを見せた。忍として、自身の感情を顔に出すことはしたくなかった。たとえなにもできないであろう能無しなこの女の前だとしても。
女が猿のように黄色い声をあげていた笑みを浮かべながら近づいていく。奴はいつものようにきゃあきゃあと不快な声をあげることなく顔を蒼白にしながら震えていた。

「へぇ…」

さすがの馬鹿でもこの状況に危機感は持っているらしい。奴のことだ、部屋に入ってくる私を見るなり甘えた声で助けの言葉でも吐くのかと思っていたが。痛い目をみて少々頭の螺子を締めなおしたのかもしれない。

「あ、」
「どうしたのですか?なにか不自由でも?」

ここに来た当初から彼女にかけていたのと同じ言葉を口にする。違う時代から来たと言い張る女の世話を任された時から、私は彼女に度々不自由はないか、望みはないかと聞いていた。今思えば馬鹿げた話だ。こんな奴にかける優しさなど無駄以外の何物でもなかったというのに。

「こ、こは…」
「あぁ、言っていませんでしたか?今日から此処が貴女の部屋ですよ」

女の元に立つ。こちらを見上げた女と目が合うと、奴は更に怯えたように体を震わせた。瞳の中に恐怖の色を見つけ、自身の中に残虐な思いが湧き上がってくるのを感じ思わず笑い声を漏らす。全身傷だらけで昨夜殴られた頬を腫らし青痣をつくっている女を見ても、哀れむ感情は一切湧いてこなかった。

「私、の…?」
「えぇ、ずっと言ってくれていたじゃないですか。『仙蔵と一緒の部屋で住みたいわ』と」
「え…、?」

「忘れてしまったのですか?」と大げさに寂しげな表情をつくる。女が呆然としながら此方を見上げてくるのを感じ、不快な思いに苛まれた。この女の瞳を見るだけで、数日前まで甘さを含んだ声で忍たまたちに媚を売っていた女の姿が脳裏を過ぎるのだ。

「わ、私そんなの知りません…、きっと人違いです…、」

搾り出すかのような声だった。瞳に浮かぶ恐怖の色も、体の震えも、なにも知らないのだと訴えるような口ぶりも、すべてが"本当"のようだ。
思わず皮肉めいた笑みが浮かぶ。この女はどこまで狡賢く、滑稽なのか。私がただの町人ならこの女に同情でもして優しい笑みを浮かべながら解放してやったのかもしれない。「あなたのような愛らしいお人をこのような目に合わせてしまい申し訳ありません」と慰めるような手つきで抱きしめながら。

「お前は未だ自分の立場を分かっていないらしいな」

今まで浮かべていた笑みが消えていくのを感じた。声が無機質なものに変わる。
この女は私が忍びだということを忘れてでもいるのだろうか?いくら無害を装ったところで、騙されるわけがない。

「…ぁ、」

手足を縛られたままみっともなく寝転んでいた女の上にかけられた紺色の着物を剥ぎ取る。今から行われる行為を理解したのか、女は震えた声を出しながら私から遠ざかろうと必死に身を捻る。
あぁ、なんて滑稽なんだろうか。学園をめちゃくちゃにしていたかの天女サマが、今まで媚を売っていたはずの男に陵辱されるだなんて!

「逃げられるわけがないだろう?」

何度も殴り蹴られたせいで紫色に変色した女の腹に容赦なく蹴りをいれる。あまりの痛みから声も出せず呼吸困難に陥る女の髪を引っ張りながら、此方に顔を向けさせた。

「これからは私が存分に可愛がってやる」

女の瞳から美しい透明の涙が流れるのを見ていられず、私は視線を逸らした。


 
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