100000hit企画 | ナノ



「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
「うん、いらっしゃい」

とある休日。我が家へとやって来た勘ちゃんと兵助を家にあげる。学校でもモテると評判の二人はやっぱり私服もきちんとしていて、八左ヱ門とは大違いだと思うとなんだか笑えた。彼は昔から自身のことへの興味が薄いのだ。虫やら自然やらにかまけてばかりで、女の子からの視線なんて気にしていない。きっと、ずっとずっと昔からそうだったんだろう。綺麗な花のにおいを進めてくれた時から。

「なまえ?どうかした?」
「ううん、なんでもないよ勘ちゃん。どうぞどうぞ入っちゃって」

玄関で佇んでいた二人をリビングへと案内する。俺には両親がいなかった。まるで、お前の両親は大切なマフラーをくれた彼らだけだ、と神様が言うかのように。俺が赤ん坊の頃に死んだらしい両親の遺産は山ほどあったから、今は祖父母の元を離れマンションに一人暮らし。勘ちゃんや兵助を含む彼らはそれを知っているから、この家によく来てくれる。一人で寂しくないように、と。もちろん、彼らがそれを直接口に出すことはないけれど。

三人してこたつに入りながら、テレビを見る。今の時間には特に面白い番組はなくて、よくて「自然の動物特集」なんていうものだけ。それをぼうっと見ながら、三人して学校のことについてだとか、一昨日の雷蔵の失敗談なんかを笑いながら話していた。こんな話をするたびに、優しさに触れているのを感じる。毎日のようにここに来てくれている彼らには、感謝しているのだ。それが罪悪感からの行動だったとしても。おかげで、闇に怯えないですむから。

「それで雷蔵ったら、また食堂で悩んでるんだよ?それも三十分も!おかげで昼ごはん食べ損ねるところだったよ」
「なまえも大変だねぇ。ほっとけばよかったのに」
「俺なら豆腐の魅力に勝てずに勝手に食べ始めるのだ」
「意外とそこらへんシビアだよね、二人とも…」

そお?と首を傾げる勘ちゃんに、頬を引き攣らせた。兵助はテレビに気を引かれたのか、そちらをじっと見ている。一見真面目そうに見える彼は案外マイペースだ。それは"俺"が知ったことで、"私"だった頃には知らなかったこと。

こうしていると本当の学生みたいだ、と思う。昔に戻ったみたい。地獄が始まる前、もっともっと、ずぅっと昔。まだ"俺"が"私"で、友人たちがいて、白いマフラーをそろそろ箪笥から出そうかと考えていて、冬が来る前のこと。

当たり前の日々を送り、平凡な自身に満足していた。もっとも幸せな記憶。"俺"の根本で、"俺"を構成しているもの。
けれど"私"は消えていない。優しくあたたかく彼らと過ごす日々の中、しかし確かに存在する。消えるわけがないのだ。彼らはそれに直感的に気づいているのだろう。こうして笑い話をしている時も、学校にいる時も、"俺"の中から"私"が消えていないのを感じ取って、そうしてそれを償うように、まるで罪滅ぼしをするかのように俺に優しさを与えてくれる。

「野生の世界も大変なんだねぇ」

テレビにうつる動物たちの命のやり取りに、そう言葉を漏らした。俺の声に促されて、今まで談笑をしていた勘ちゃんもテレビに目をむける。

「毎日毎日命の危険に晒されて食べられるかもと恐怖して、人間だったら耐えられないものねぇ」

−−『毎日毎日血を吐いて嘔吐して、しんどくない訳ないものねぇ。』

今でも鮮明に頭に蘇る声。 
私にかけられた、コエ。
私はわらう。画面の中、肉食獣に嬲り殺されるかのように首に噛みつかれ、必死に暴れる草食動物を見ながら。

「可哀想にねぇ」

蒼白な顔をして凝視してくる勘右衛門と、目を見開き体を震わせる兵助に、にっこりと笑みを浮かべた。
忘れないでね、私は言う。"俺"の中に存在する、彼女が。

「ふふ、どうしたの二人とも。もしかして寒い?部屋の温度上げる?」
「…、だいじょうぶ」
「勘ちゃんは?」
「…ん、寒くないよ」
「そう、よかった」

ふんわりと笑みを浮かべる俺に、彼らはぎこちなく笑い返す。
俺は彼らを許している。きっと俺はこれからもずっと彼らと過ごしていくのだろう。過去のことなどなにもなかったかのように。
けれど時折現れる私は、彼らを赦すことはない。あの頃を、お前らの行いを忘れるなと訴えかけてくる。彼らが過去から解放されることはない。そうやって罪の意識を抱えながら、けれど"俺"とのあたたかい記憶を忘れ去ることもできずに毎日を過ごしていく。
俺はそれでいいと思う。それがいい、と思う。
彼らと過ごすこの日々を失わないために、俺は彼らの罪悪感さえ利用する。
彼らが俺〈私〉から逃れられることなど、ありはしないのだ。



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