「あらあら怪盗さん、ごきげんよう」
知らぬ間に目の前に現れていた白い服を身に纏った彼を視界に映したわたしは、まるで洋画映画に出てくるお姫様のように恭しく頭を下げた。もちろん、着ていた寝間着のスカートをちょいっ、と持ち上げることも忘れずに。
「あー…、」
そんなわたしを見た彼は、しばらくきょろきょろと辺りを見回した後で気まずそうな表情をしながらぽりぽりと頭を掻いた。はじめに出会った頃のいやに気取った顔はどこにもない。浮かべられた表情は、ただただ子どものそれだった。
「怪盗さん?」
わざとらしくこてり、と首を傾げてみる。そうすると彼はやっと観念したのか、口元に浮かべた苦笑をそのままに、わたしの手を取り口付けた。
「こんばんわ、レディ、こんな夜分遅くに申し訳ございません。わたしはまた不思議の国に迷い込んでしまったようですね」
困ったように浮かべられた苦笑と彼のきざったらしい台詞があまりにも噛み合わなくて、思わず吹き出してしまった。彼は目をぱちぱちと瞬かせる。ひぃひぃと笑うわたしを見て、彼はぶすっと頬を膨らませた。
「…ふ、ふふふ…っ!」
「なんだよなまえさん…!なまえさんが言うからやったんだろォ!?」
「ふふっ、ち、ちがうのよ、馬鹿にしてるとかじゃなくって…っ!」
笑いすぎて目に溜まった涙を拭えば、目の前にはツーンッと拗ねた表情を浮かべた快斗くんが。あぁ、からかいすぎちゃったかしら。ちろっと舌をだしたわたしをちらりと見た彼は、やっぱり拗ねたままだ。子どもだなぁ、浮かぶ笑みをそのままに、わたしは立ったままの快斗くんをソファに促す。
「快斗くん、お疲れでしょう?もしかして今日もお仕事終わりに来ちゃったの?」
「………」
「お疲れさまだね、いまホットココアいれるからね」
「…おー、」
「ふふ、」
ようやく機嫌を直してくれたらしい彼のために、キッチンへ向かってお湯を沸かす。疲れているのなら、いつもより甘めにしてあげよう。甘いものが大好きな彼のことだ、きっと喜んでくれる。
快斗くんがここに来るようになったのも、よく考えればたった数ヶ月前からだ。はじめに会った彼は真っ白で、いやにきざったらしくて、けれど絵本から飛び出してきたみたいな人。まぁ、蓋を開けてみればたんなる甘いものが大好きで少しやんちゃな、ただの男の子だったのだけれど。
「はい、おまたせ」
ことり、とテーブルに置かれたマグカップには並々とココアが注がれている。ふわりと甘い香りがあたりに広がって、彼の顔に優しい笑みが浮かんだ。
「さんきゅ、なまえさん。やっぱり疲れた時には甘いもんが一番だな!」
きらきら、太陽みたいな明るい笑顔を見せる彼に、わたしの口元にも自然と笑みが浮かぶ。
「熱いんだから、この前みたいに火傷しないようにゆっくり飲んでね」
「わぁってるって!」
「ふふ、ならいいんだけど」
はふはふと一生懸命ココアを冷まそうとする彼を見て、わたしも自身のマグカップへと手を伸ばす。
楽しい夜は、まだはじまったばかりだ。
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