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当時一年生だった僕には、大好きな先輩がいた。

なまえ先輩はお綺麗な方で、忍びとしても群を抜いていた。六年生といってもまだ忍びの卵であるというのに、そこらの忍びなどとは比べ物にならないほどお強いお方だった。僕はそんななまえ先輩をひどく尊敬しているのと同時に、大好きでもあった。
なまえ先輩は作法委員長を務めていて、いつも僕に構ってくださっていたのだ。口数が少なくその美しすぎる容姿から冷たい印象を与えてしまうらしく、作兵衛なんかは怖がっていたが、僕は知っていた。なまえ先輩はお優しい。だって、僕が怪我をしてくれた時は保健室までおぶさってくれたし、勉強も教えてくれたんだ。今思えば、僕の復習癖もなまえ先輩に少しでも早く追いつきたかったからかもしれない。お強くて美しくて、すべてが完璧ななまえ先輩のようなお人になれれば、それが僕の願いだった。

月が綺麗なある日のこと、僕は外から聞こえた微かな物音で目が覚めた。うとうとしていたら、つい寝てしまったらしい。実習に行っていたなまえ先輩が帰ってくると言っていたので、寝ずに待っておこうと思ったのに!
ズッズッ、外から重い足音が聞こえる。
きっとなまえ先輩に違いない!寝ぼけ眼もすっかり冴えきった僕は、バッと布団から飛び起きた。あぁ、本当は門の前でお待ちしてさしあげたかったのに!でもきっとなまえ先輩のことだ、なにも言わずに優しく頭を撫でてくれるに違いない!

ガラリと襖をあける。そこには月明かりに照らされた先輩が、ポツリと僕の部屋の前で立っていらっしゃった。

「なまえ先輩!」

やっぱりなまえ先輩だった!思わず大きな声を出した僕は、パッと自分の口を手で塞いだ。危ない危ない、みんなを起こしちゃうところだった!そんな僕の様子を見たなまえ先輩は、なぜか悲しげな表情で僕を見つめている。も、もしかして実習訓練でお怪我でも…!?そう思った僕は、なまえ先輩のところに小走りで走り寄った。

「あ、血が…!!」

やっぱり僕の予想は当たっていたらしい。近づいて見てみると、全身真っ赤に濡れていた。ツゥン、と血生臭い匂いが僕の鼻をついた。

「あ、あ、ほ、ほけん…しつ…っ!!」

初めて見る大量の血と、その血を出しているなまえ先輩が死んでしまうかもしれないという不安感でじわり、涙が溢れてくる。
もし、もしなまえ先輩が死んじゃったらどうしよう…っ!!

「藤内、藤内」

「あ、あ、」

「大丈夫、俺は怪我なんてしてないよ」

え、だってそんなに血塗れなのに…?
パチクリと目を瞬かせる僕の不思議そうな顔に気づいたのか、なまえ先輩がくしゃり、苦笑した。

「これは俺の血じゃない、だから泣くな」

「よ、よかったぁぁぁ…!」

安心からか僕の目からとめどなく涙が溢れ出す。本格的に泣き出した僕を微笑ましそうな笑みを浮かべながら見ていたなまえ先輩は、しかしぎゅうっと眉をしかめた。

「もう、か…」

「え?」

ポツリ、苦しげに告げられた言葉に小首を傾げる。なにが「もう」なんだろう?今からしなくちゃいけないことでもあるんだろうか?

頭に多くの疑問符を浮かべた僕の目線に合わせるように、なまえ先輩はしゃがみこんで僕と目を合わせた。

「よく聞け藤内、俺には時間がない」

「今から用事でもあるんですか?」

「…あぁ、今から大仕事だよ」

はは、なまえ先輩が笑う。なかなか笑わない先輩の笑った顔を見た僕は、すごく嬉しい気分になった。笑った先輩はいつもよりずっと綺麗だった。

「お前は綺麗でいろよ」

「?どういう、」

意味ですか?
そう問うたはずなのに、声にならなかった。
僕の頭を撫でる為に差し出されたなまえ先輩の手は、なぜだか透けていた。



「藤内ッ!!!」

ドタドタという煩い足音に目を覚ました。目が重くって、まだ眠い。スパンッと勢いよく襖を開けた作兵衛はこわい顔をしてた。

「…なにかあったの?」

あまりの剣幕さに、ただならぬ雰囲気を感じとった僕は作兵衛に問いかける。
ハァハァ、荒々しい息が部屋に響く。開け放たれた襖から見える空は真っ青で、いつの間に寝てしまったんだろうと不思議な気持ちになった。

「なまえ先輩が…!!」

「え?」







月を見上げながら、二年前に見た月の綺麗な晩を思い浮かべる。なまえ先輩は実習訓練中に多くの敵に囲まれ死んだらしい。けど、最後の最後まで抵抗したらしく、死んだなまえ先輩の周りにはたくさんの敵の死体が転がっていたんだとか。

「なまえ先輩、」

綺麗でいろよ、なんて、忍びになる僕に無茶な注文しますね。

くしゃり、あの日の晩、なまえ先輩が浮かべたような苦笑が浮かんだ。


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