100000hit企画 | ナノ



「ここは地獄か?」

襖を開けた先に広がっていた光景になまえはじとっとした目で呟いた。昼下がりの健全な学び舎であってはならない光景がそこにはあった。きっと襖を開けたのが自分ではなく下級生だったとしたら、あまりの悍ましさに失神してもおかしくない。記憶が確かなら、昨日までこの部屋は忍たま五年長屋のとある一室であったはずだ。間違っても地獄へのゲートではなかった。
襖を開いたことにより姿を現した化け物二匹のうち一匹が、羞恥と怒りの入り混じった形相を浮かべて口を開いた。

「なっ、ノックなしに入ってくるんじゃないわよ!」
「ノックなんて今までしたことないだろ化け物」
「誰が化け物ですってぇ!?」
「ハチ…」

どことなく竹谷八左エ門に似た化け物と、それを宥める不破雷蔵似の化け物。かろうじて人間に近い見た目をしているとは言え、その顔はどこからどう見てもミュータント。もしくは物の怪。古代から語り継がれてきた妖怪ってもしかしてこんな見た目かもしれない、とまで思わせるものがそこにはあった。なまえは普段より甲高く気味の悪い鳴き声をだす竹谷八左エ門似の化け物がぎゃあぎゃあと騒ぐ姿を冷めた目で見つめていた。

「怪物たちの宴でも開くつもりなの?」

だってそうとしか思えない。なにをどうしたらこんな悍ましい空間が生まれてしまうんだ。

「明後日に野外実習があって、女装して街に出かけて男を捕まえなきゃいけないからその予習、なんだけど…」

情けない顔をした化け物(不破似)はおずおずと言った。彼が発した女装訓練という言葉に、なまえはさらに顔を顰める。彼らの姿は女装も何もあったもんじゃない。こんなもの女装代表の立花先輩にでも見られてみろ。侮蔑の籠った瞳で頭の天辺から足の先まで嘗め回すように見られた後、ここは北極かと思うほど冷たい冷笑を浴びせかけられるに違いない。「もしかして立花先輩に恨みでもある?」昨日作法委員会の時に生首バレーボールをしていたらしこたま叱られたことは関係ないったらない。
部屋に佇む奴らを暫く見ていたなまえはハッとなにかを閃いた顔をすると、次いでにやりと笑みを浮かべた。不破(らしきもの)がそんななまえを見て頬を引き攣らせていたが、そんなものを気にするなまえではない。ごっほん!と咳払いをひとつし仰々しい顔をしたなまえは、ビシッと力強く化け物たちを指さした。

「お前ら女についてなぁーんにも分かってない!これだから童貞は(笑)」
「っど、童貞ちがわい!」
「ハチ…」

きゃんきゃん吠える童貞には無視をキメこみ、なまえはやれやれと言った風に肩を竦ませた。

「仕方ないなぁ。ここはこのなまえ様が直々に女について教えてやろうじゃないの」
「不安だなぁ…」
「あ゛ぁ?!なんか言った?!」
「…いや、言ってないです…」

不安を漏らした瞬間血走った眼で睨みつける姿を直視した不破は、どっちが化け物なんだろう…という感想をそっと胸にしまった。素面であそこまで女を捨てた行動ができるくのたまもそうそういるまい、と頬を引き攣らせていた同室者がふと脳裏に過った。
とりあえず…、と言いながら目の前の悲惨な状況に目を向けたなまえは、突然部屋を出ると二つの大きな物体を手に持って帰ってきた。その手に抱えられた物体に、竹谷と不破は頭に疑問符を浮かべる。

「まず胸に瓜詰め込まなきゃはじまらないよ。これで女装の五割は満たしたことになるから覚えておいてね。どうせ男なんて乳しか見てないからな」

最後は吐き捨てるように呟かれた言葉に、竹谷はちろりとなまえの胸に視線を向けた。筋肉のついた自身の胸よりまっ平らなものがそこにはあった。お世辞にもその場所を胸と呼んでいいのか竹谷には分からなかった。胸とはこんなにも平坦だったろうか。まるで一年生の胸部を見ているかのような錯覚に陥る。もしかして奴は女ではなく男…?胸部をじっと見つめながらそこまで思考が及んでいた時、竹谷は自身に降り注ぐ視線に気が付いた。

「たぁけやくん」

あ、やべ。そう思った瞬間、竹谷の顎にすがすがしいほどのアッパーがキマった。

「ゴリラ…」
「ん?」
「いやなんでも」

触らぬ神に祟りなし。触らぬゴリラに被害なし。今日からこれを教訓に生きていこうと不破は強く決心した。竹谷は触らずとも被害を被ったが、目は口程に物を言うとはこのことで、あんな視線でなまえの胸を二秒以上見てはならないのだ。
床に倒れ伏した無残な級友の姿に、不破は心の中で合掌した。しかしなまえはさらに追い打ちをかけるように竹谷の着物をはだけさせたかと思うと、乱暴に二つの瓜を捻じ込んでいく。そのたびにグッという呻き声が漏れることから、相当の力で捻じ込んでいることがわかった。

「おらっ!さっさと起きろ妖怪虫探し!」
「ぐえっ」

襟袖を掴まれガクガクと揺すられることによりなんとか息を吹き返した竹谷はハッとなにかに怯えた表情をした後、体への違和感に目を下に向けた。こういうのがすきなんだろ?とどや顔で瓜を指さすなまえに、竹谷は小さい声であぁ…、と力なく呟いた。反論すれば今度は本当に顎が割れる気がした。そんな竹谷を憐みを込めた視線で見つめる不破のことなど露知らず、なまえは床に並べられた化粧道具の中の一つを手に取った。

「で、次は口紅。真っ赤な口紅をふんだんに使うことで魅惑のぷるるん唇ゲット!これで街中の男たちがこの唇に吸い付いてくること間違いなし」
「えっ、吸いつ」
「化け物は黙ってろよ」

反論はしないなどと言った舌の根の乾かぬ内に口を挟んだ竹谷の言葉はなまえによって一刀両断された。
紅を手に取ったなまえは、すすいっと竹谷の唇に塗っていく。さすが何度も紅を塗っているからかその動作は手慣れていて、これは期待できるかもしれないなと不破は思った。いかに忍たま五年の中で雌ゴリラと囁かれているなまえでも、化粧に関してはくのたまとして恥じない技量を持っているらしい。

「あとはちゃちゃちゃーっと手を加えれば、」

口紅を塗り終えたなまえは、他の道具も使い竹谷の顔に化粧を施していった。

「ほら、完成!」

ふう、と腕で額の汗を拭う仕草はまるで一つの作品を作り上げたかのような達成感で満ち溢れていた。今まで目を瞑っていた竹谷の大きな瞳がそろりと開かれる。それを見た雷蔵は、思わずあんぐりと口を開いた。

「ど、どうだ?俺美人か??これでモテモテ間違いなしか?!」
「う、うん、きっとモテると思うよ、……魑魅魍魎あたりに」
「え?」

嘗てないほどに頬を引き攣らせた不破は竹谷の顔からそっと目を逸らし、素早い動作で鏡を差し出した。これ以上あの顔を直視したらなにか恐ろしいことが起こる気さえした。
受け取った鏡をひょいと覗き込んだ竹谷は、映り込んだ化け物の姿に恐怖の叫びを漏らす。鏡の中には先程の女装など生まれたての子犬のようにかわいく思えるような、到底この世にあってはならない悍ましい姿が映りこんでいた。

「どうしたんだ?!」

響く絶叫により自身の部屋に戻ってきた鉢屋は、顔を青くしながらもなにかに憑りつかれたかのようになにもない床を見続ける同室者と、気を失い床に倒れ伏す妖怪を見た。あまりの光景に気が遠くなりそうな瞬間、先程廊下ですれ違ったなまえのしたり顔が脳裏に浮かんだのだった。


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