「急に呼び出してごめん」
昼休み、善法寺伊作先輩に風呂場へ呼び出された。
「相談したいことがあってさ…」
「はい」
「じ、実は同じクラスのヤツと付き合ってるんだ」
かぽーん、とどこからともなく音が聞こえた気がした。
「…えーと…」
つかっていた湯がぴちゃりと音を立てた。髪が首に張り付く。しかしそんなことがどうでもよく感じられるぐらいにはなまえは動揺していた。
付き合ってる?善法寺先輩が?同級生と?男と男?まさかの男色?WHAT?
ただただ呆然と目の前の人物を見つめることしかできない。
風呂に呼ばれた時からなにかおかしいと思っていた。皆が入る夜ではなく、間昼間から。しかも二人で。もしかして他人に聞かれたくないなにかかな?と薄々感じてはいたが…。
(…ちょっと待ってくれ)
分かってはいても頭が追いつかない。
善法寺先輩は湯の熱さでかそれとも他の理由でか、上気した顔で此方を見つめている。眉がへにゃりと垂れ下がっているのがなんとも情けない。
自分は彼より一つ後輩だ。なぜ自分にこんなことを言うのだろう…、
なまえは善法寺の顔を見つめ返しながらも頭の中で様々な疑問に対処していく。だめだ、さっぱりわからない。
「あ、あの…なまえくん…?」
「あぁ、はい、なんですか?」
「いや…」
気まずそうに視線をそらす善法寺に、なまえはこてりと首を傾げる。結んでいた髪からこぼれ落ちた一房の髪が汗をかいた首に張り付いているのを感じた。
「気持ち悪くないの?」
「は?」
「いや、だって…、」
男がすき、だなんて…。と小さな声で呟く善法寺に、なまえはますます不思議な気持ちになった。この先輩は一体なにを言いたいんだろうか。しかし返答が気になるのか、此方をちらちら伺い見る先輩に答えようと口を開く。
「恋愛なんて人それぞれですし、別に男色でもいいんじゃないですか?好きならそれで」
気持ちが同じなら性別は関係ないのではないかとなまえは思う。現に同じ委員会の後輩は自分の武器に「輪子」と名をつけ恋人のように愛でているし、会計委員の田村は火器を恋人のように扱っていると聞く。
それに比べれば男色といえど恋愛対象は同じ人間である。全くもって問題ない。そう結論づけなまえはうんうん頷いた。
「あー…もう…!!」
「…?」
いきなり両手で顔を覆った善法寺先輩は耳まで真っ赤に染まっている。もしかしてのぼせでもしたのだろうか?なまえは善法寺の顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
「ずるい」
「は?」
「……無自覚ってこわいなぁ」
「いや、俺次屋じゃないんで」
意味のわからないことを言う善法寺先輩に再び首を傾げた。
「ところで先輩」
「ん、なぁに?」
赤い顔を手でぱたぱた仰いでいる先輩に向かって、気になっていたことを尋ねる。
「一体誰と付き合ってるんです?」
「……」
すいっと逸らされた視線はあらぬ方向に向けられている。
「…ごめん、あれ嘘」
「……嘘?」
「あー、ほんとごめん。ちょっと試させてもらったっていうか、試す以上の成果が得られたというか、気持ちを再確認したというか…」
「はぁ…」
最後の方は聞き取れないくらい小さな声で呟かれる言葉になまえは曖昧に頷いた。うん、もう理解するのは諦めた。先輩の悩みは解決したらしいしもういいや。
未だぶつぶつなにかを言っている善法寺をおいて、なまえは湯船から立ち上がる。体も十分温まったし、そろそろ出よう。
「あっ、なまえくん…!」
背後からかけられた言葉になまえはくるりと首だけ振り返る。こちらを真っ直ぐに見つめている善法寺は、真剣な顔で口を開いた。
「僕、頑張るから!」
「…はぁ、頑張ってください…?」
なまえの言葉を聞いた善法寺が満足そうに笑うのを見て、まぁこれでいいかと自分も笑ってしまうのだった。