赤也



12月24日午前7時

その日は本当に、本当に珍しく、親に怒鳴り起こされる前に自ら目が覚めた。

朝練が始まるギリギリに起きて、遅刻寸前でテニスコートに滑り込む日常から考えるとかなり余裕のある朝。

むくりとベッドから起き上がり独り言にしては大きな声で呟く。

「来たぜ…クリスマス!」



制服に着替えてから階段を降りて居間に入れば既に朝食の席に着いて納豆をかき混ぜている姉が驚いたように口をあんぐりとあけこちらを見た。

「は?何あんた。早くない?」
「ああ?俺だって本気を出せばこんくらいの時間に起きるのチョロいんだぜ。母ちゃん!飯!」
「ご飯自分でよそるくらいしなさいよ、お母さん!こいつ甘やかすのやめなよねー」
「うっせーな」

姉に悪態をつきながら席に着けば母親がお盆に乗せた朝食を運んでくれる。

「お姉ちゃんも赤也も大人しくしなさい。ったく、赤也も毎日これくらいに起きなさいよね」
「わかってるよ。あ、母ちゃん俺今日夜七栄んちでクリスマス会だから」
「はいよ。後で挨拶してくるわ」
「あんた香苗ちゃんはどうしたのよ」
「香苗も来るんだよ。で明日は終業式で部活ねーから香苗と遊んでくる」
「ふーん。あんまりがっつくんじゃないわよ」
「ぶっ、はあ?姉ちゃんマジ死ね!!」
「猿が何か言った?」
「ブースブース!性格ブース」
「ちっ、くそガキ死ね」
「そっちが死ね」
「誰にも迷惑掛けないように樹海に行って死ね」
「姉ちゃんは太って死ね!太り死ね」
「お前が死ぬまであたしゃ死なないよ!」

ほうっておけば永遠に続いたであろう言い争いは母親の咳払い一つで収束した。

「ごちそうさま。赤也、あんた私の食器片付けといて」
「はあああ!?何でだよ!!」
「いつも私がやってんだからたまにはやれ!」
「横暴!ブス!」
「ねえ赤也」

急に穏やかな声色に変わった姉がこう言い放つ。

「良い子にしないとサンタ来ないよ」

その場に緊張感が走る。
姉はゴクリと唾を飲み、母親はテーブルを片付けながらさりげなく赤也の反応を伺う。

「‥ちっ、しょうがねえなあ」

そう言って赤也は食べ終わった自分の食器と一緒に姉の分も持ち、立ち上がって流しに運ぶ。

「‥‥‥」
「‥‥‥」

無言で目配せする女二人。

(‥今年もいける。)

そうお互いの目は語っていた。



「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。七栄ちゃんちに迷惑掛けるんじゃないわよ」
「‥なあ母ちゃん」
「なに」
「‥ちゃんとサンタに手紙渡してくれたんだろ!?」
「渡したよ。来るかどうかはわからないけどね」
「ぜってー来るって!行ってきます!!」


バタンとドアは閉まり、駆け出した足音が遠ざかる。

「お母さん、今年はあいつ何欲しいって?」
「エックスなんとかって言うゲーム機だって」
「はあああ、高いもんねだりやがって。今日帰り買っとくから」
「ありがとうね、お姉ちゃん」
「うん。ねえお母さん、私の弟なんであんなに馬鹿なんだろう」
「お母さんも分からないわよ。なんで私の息子あんなに馬鹿みたいに素直なのかしらね」


切原赤也、中学三年生。

サンタクロース信者である。

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