無意識の尻尾



「ただいま」

ガチャガチャと鍵を開け、ドアを開けると玄関に大きなローファーが一足。

(かかと‥また踏んでる)

こないだ散々言ったのに。かかとが踏みつぶされ変に皺の寄ったローファーを見て、思わず顔をしかめる。

しゃがみ込んで、可哀想なかかとを起こす。が、長年雅治君の足に虐げられてきたであろうローファーのかかとは今まで通りの位置にゆっくりと這いつくばる。

(大人になってから直すんじゃ遅いのに)

かかとを助ける行為を諦めて、靴を脱ぎ中へ入る。


ふと違和感に気付く。雅治君は先に帰ってるといつもは必ず出迎えに来てくれるのに。

本当、犬みたいだよなあ。

玄関まで尻尾を振りながら嬉しそうに駆けてくる犬を思い浮かべて可笑しくなる。

手洗いうがいを済ませてせまいキッチンを抜け、寝食をしているいつもの部屋に入る。

「雅治君?」

あ、いた。

小さいけど一応二人掛けのソファーに、細くて長い身体を小さく丸めて気持ちよさそうに寝息を立てている、彼の姿があった。


「‥‥もう、制服皺になるじゃない」

一旦起こして着替えさせてこようかな、そう思って肩を揺すろうと手を伸ばしかけた、が、やめた。

ソファーの前に座り込み、安心しきったように眠る綺麗な顔の男の子を眺める。

(本当、犬みたい。)

今日の昼休みに後輩と見たペット雑誌に、似てる子がいた。なんて種類だっけ、たしか大型犬で‥気品があって、気怠げに横たわる写真の子はどことなく雅治君に似ていた。

銀色の長い髪の毛がこんな体制だからか少しグシャグシャになっている。


そっと彼の髪を手で梳く。あ、手触りが良い。

この髪の色だから、きっと痛んでいるんだろうと勝手に思ってた。

よっぽど上手く染めてるんだろう。サラサラと殆ど引っかかりなく指が通る。

意外と頭を撫でるのが気持ち良くて、ずいぶん長い間そうしていた気がする。


(そろそろ起こそう。)

そう思ったはずなのに、手が止まらない。

あ、睫毛超長い。くそっ
瞑った目の下に睫毛の影が落ちている。
私、マスカラしてもこんなに長くならない気がする。
鼻も高くて肌も綺麗。真っ白だし、いいなあ。

もう片方の手で彼の頬を撫でる。

あ、目が開いた。下睫毛も長いなあ。



「‥え、なにやって‥‥」
「おはよう」
「え、あ、おかえり」

眠そうな声でそう言った。訳が分からないといった顔をしている。
名残惜しいけど手を引っ込めて、立ち上がる。

「ただいま。制服皺になるから着替えて来なさいな」
「ん、わかった」


そう言って雅治君は立ち上がり、私の部屋に常備してある彼のスエットをつかんで洗面所へ向かう。

私も夕飯の支度に取り掛かろう。あ、そう言えば買い物してきたものを冷蔵庫に仕舞わなきゃ。

キッチンまで行き冷蔵庫の前にしゃがみ込むと、背後に雅治君が立った。

「着替えたぜよ」
「うん。ブレザーとズボン吊しときなね」
「もうやった」
「ん。えらいえらい」
「なあ、俺犬じゃなかよ」


彼のその言葉に幾分びっくりして彼の方を振り向く。
拗ねたような顔。


「知ってるよ」
「ん。ならええ」
「こんなに手の掛かる犬いないよ」



立ち上がり、私が手を精一杯伸ばしてやっと届くぐらいの位置にある頭をクシャっと撫でてやった。



「もう直ぐご飯にするから、待っててね」
「今日なに?」
「和風ハンバーグ」





嬉しそうに揺れる尻尾が見えた気がした。


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