いってらっしゃい



「雅治君、髪の毛やって」

温めたヘアアイロンを片手に、綺麗に化粧をした聡美ちゃんがそんなことを言ってきた。

「ん、ええけど。巻くんか?」
「うん」
「今日同窓会じゃったっけ」
「そうなの。あ、夕飯支度してあるからね。洗い物残しといて大丈夫だからね」

ほんとごめんね、一人で大丈夫?やっぱ行くの止めようか?なんて申し訳なさそうにしている。

「平気じゃよ。楽しんできんしゃい」
「ありがと」

彼女に向かい合って座り、髪の毛を手に取り、ミスト状のローションを付けて揉み込む。

「聡美ちゃん髪細いな」
「え?薄いって?」
「んなこと言っとらん」

小さな子供みたいな手触りの髪の毛が気持ち良い。
髪が細くて量が少ないから彼女は人知れず悩んでいるらしいけど、俺はこの触るとツルツルな柔らかい髪が好きだ。

トップの毛をヘアクリップで留める。

「じゃ、巻くな」
「はーい」

サイドの毛を少量取り、アイロンで挟んで巻いていく。
少しの間を開けてアイロンを取れば、くるんとカールした髪の毛が揺れた。

少量ずつ丁寧に。

もう何回か彼女の髪の毛のセットはやったことがあるから随分と上達した。

「ほんっと、手先器用だよねえ」
「そーか?」
「うん。私がやるより綺麗に出来るんだもん」
「聡美ちゃんはなんでこういうの不器用なんじゃろうなあ」
「本当なんでだろうねえ…」

そんな事を話しながら、半分は巻き終わった。

「反対がわ」
「はい」

横を向かせて、もう半分に取り掛かる。

「同窓会、中学?」
「ううん。高校」
「ふーん」

途中までの出来栄えに満足しながらもどんどん聡美ちゃんの髪をふわふわにしていく。

「聡美ちゃん」
「うん?」
「同窓会、何時頃終わるん」
「どうだろー、二次会は出ないから早めに帰れると思うよ」
「ふーん。あ、枝毛」
「嘘っ!」

あわてて振り返る聡美ちゃんの首にアイロンが当たりそうになって焦る。

「危ないから。聡美ちゃん」
「ごめん。枝毛‥」
「当たらんかった?」
「うん。枝毛‥」
「一本だけじゃ。ちょっと待ってな、ハサミ取ってくる」

ハサミを取ってきて枝毛を切ってあげた。
もう一本見つけたからそれも切った。

「なあ」
「うん?」
「高校、共学?」
「そうだよ」

再び巻き始める。
無言で細かい作業を黙々とこなせばすぐに全部巻き終わった。
ふわふわになった髪をスプレーワックスで固める。

「なあ」
「なあに」
「元カレとかくんの」
「えっ、来ないよ」

我ながら凄く上手に出来た。
聡美ちゃん超可愛い。

「なんで知っとるん?連絡とっとんの?」
「いや、クラス違ったし」
「ふーん」

前髪も少し巻こうか、どうしようかなんて考えながらふわふわの髪を軽くすく。

「雅治君」
「んー?」

髪を弄る手はなかなか止まらない。
せっかくセットしたんに、崩れるから止めなくては。

「早く帰ってくるから」

そう言って振り返った聡美ちゃんはものすごい笑顔だった。
なんだか異様に腹が立つ。
子供のように不機嫌な俺に顔を寄せたと思ったらほっぺにチュウーとキスをくれた。
なんだこのサービス。

「待っててくれる?」
「なんで」
「別に自分の部屋帰っても良いけど」
「待ってて欲しいなら待つけど」

目を細めた聡美ちゃんは俺の髪をくしゃりとかき回した。

「待っててよ、待ってて欲しい」
「わかった。ベッドあっためとくなり」

聡美ちゃんは声を上げて笑って、少し悔しい。
俺が子供みたいじゃないか。

「あ、聡美ちゃん、やっぱ髪、アップにせん?」
「え?良いけど、これじゃ変?」
「絶対アップにした方がかわええから」
「そう?じゃあお願いします」

ゴムとピンを片手に聡美ちゃんをまた後ろに向かせてほくそ笑む。

「はい出来た、うん俺天才じゃわ」
「ありがとー。うん、雅治君天才だわ」

腕時計を見て聡美ちゃんは立ち上がる。

「じゃあ、そろそろ出るね」
「おん、気をつけてな」

鞄を持って靴を履く聡美ちゃんを玄関で見送る。

いってきます、と背を向けた聡美ちゃんの、カールした髪が少しかかるうなじには、薄い赤。

「いってらっしゃい」

にこやかに送り出して鍵をかけた。

髪を巻いている時に気が付いていたんだ。白い首筋に、赤い斑点が残っていることに。
きっと聡美ちゃんはこれ、気付いてないから。
きっと気付いたら怒るけど、聡美ちゃんは指輪をせんし、これで少しは不安が薄らぐ。

「ほんと俺、子供じゃな」

そう呟いて聡美ちゃんが作ってくれてあった夕飯をレンジに入れた。









夜帰宅した聡美ちゃんは、やっぱり怒っていて(それもかなり本気で)それでも早い時間に帰ってきてくれたことが嬉しくて、にやけていたら一緒に寝てくれなかった。


(聡美ちゃん、ソファ狭い)
(あのね、私本当に恥ずかしかったんだからね?)
(聡美ちゃん、そっち行きたい)
(ねえ反省してる?)
(しとらん)
(もおおおお!!おやすみー!)

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