火傷
※若干マニアックかも。注意して下さい。
「あんまんが、どーっしても食べたい」
彼女が急にそんなことを言い出した。
「むしろ今あんまんしか食べたくない」
ごくまれに彼女はこういうことを言う。
いつもはお姉さんぶっているのに子供みたいに。
そんなときは本当にそれ以外口にしない。
例えばそれは、パクチーの入った生春巻きだったり、コンビニの駄菓子コーナーに置いてある蒲焼きさん太郎だったり。
それが今日はあんまんらしい。
「食ったらええじゃろ」
「うん。だから買ってきました。雅治君も食べるでしょ?」
「あー、うん。食う」
良くスーパーとかで売っている、三個一パックになってて、レンジで温めて食うやつ。エコバッグからそれを取り出した。
2つ皿に並べてラップをし、レンジに入れた。そのまま温めスタートのボタンを押したから慌てて止めた。
「ちょ、待ちんしゃい。それ一つにつき何ワットで何秒とかあるじゃろ」
「えー、大丈夫だよ。これで。温まるよ」
彼女が意外と大雑把なところがあることを知ったのは割と最近。それでも料理は上手いが。
一分程で、レンジは止まる。
取り出したそれを渡される。おお、ふかふかじゃ。
「ほら、いい感じに温まったでしょ?」
得意気な表情。可愛い。
「そうじゃな。いただきます」
猫舌で熱いのが苦手な俺は半分に割って、少し冷ましながら食べる。
あ、久しぶりに食うと上手い。
甘いのがそれ程好きじゃない俺は、自らあんまんを買うことは、まずない。
最後に食ったのいつじゃったか‥そんな事を考えていたら、隣が身悶えしだす。
あれ、さっきまで嬉しそうに頬張っていたのに。
「‥‥っあっつ!!」
彼女は走って水を汲みに行った。
涙目‥というか、もうほぼ泣きながら帰ってくる。
「あ、熱かった〜‥‥」
「冷まさんで食うから」
「うん。あー、ううー」
「大丈夫か?」
「口の中、皮剥けた‥」
うわっ怖っ!!猫舌の俺にとってはそんな話し聞くだけで恐ろしい。
「上顎の裏。私いつもあんまん食べるとこれやっちゃうんだよね。毎回次は気をつけよう、って思うんだけど」
「喉元過ぎれば、じゃな」
痛いよーと言う彼女に、少しだけうずうずしながら聞く。
「なあ、見せて」
「は?口の中を?」
怖いもの見たさ、というか。こういうのは見たくなってしまうたちで。
「えーやだよ」
「お願い。見たいんじゃ」
「なんで見たいのこんなの」
そう言いながらも渋々口を大きく開けてくれる。
小さい口内を下から覗き込む。
‥暗くてよく見えん。当たり前か。それよりも、
口を開けて目を閉じ、じっとしている彼女の顔とか。チラッと見える白くて綺麗に並んだ歯とか。赤くて潤った舌だとか。
ほぼ衝動的に彼女の口にかぶりついた。
「っ‥はあ?ちょっ!!」
すぐに引き離される。
「ちょっと!何すんの!?」
「触りたい。火傷」
そう言って返事も聞かずに再び口を付け、舌を彼女の口内へ侵入させる。
(あ、甘い。)
少しゴマの風味のある甘い味に、興奮する。
「‥んっ」
火傷をしたという上顎の裏に舌を這わす。
確かに皮が剥けたのか一カ所だけツルツルしとる。
と、同時に抵抗が強まりまた引き剥がされる。
あ、泣いてる。
「痛いわこの馬鹿っ!!」
「舐めたら治るかと」
「ねえごめんなさいは?」
「ごめんなさい」
「‥次やったら刺す」
‥得物はなんじゃ、そう聞こうとしたら今度は彼女から口を塞いでくる。嬉しい。
お互いに舌を絡ませ、甘い口内をむさぼり合う。くちゅ、と唾液の音が聞こえる。
「ん、」
「あ、っ」
口の端から唾液がこぼれる。
彼女の頬は上気し、瞳は潤んでいる。
やば、止まらん。
頭と背中を支えながら覆い被さるように激しく貪る。彼女の背が弓なりに曲がる。
足の力が抜け、二人でその場に座り込む。
ぞくりと背筋を這う感覚が、甘くて四肢が痺れる。
彼女の背中に置いていた片手を、くびれをなぞるように腰まで這わし着ていたシャツの下に潜り込ませ
「なあ、ベッドいこ」
「あ、ごめん。ご飯作らなきゃ」
「‥‥は?」
「ほら、どいて」
「え?」
「はやく」
おかしい。こんなの絶対におかしい。
「さっきあんまんしか食いとうないって」
「いや、あんまん熱は過ぎ去ったから」
そう言ってササっと立ち上がりキッチンに向かう。
やり切れない気持ちでもうすっかり冷たくなった食いかけのあんまんをかじる。
さっきの甘さを思い出し、またさらに切なくなる。
「食べ終わって、お風呂入ってからね」
そう何でもない風に言う彼女。
”待て”をされた気分だ。
この人には勝てそうにない。
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