丸井とマネージャー



「あ、今日は仁王先輩ですか」


久しぶりに歩く中等部の廊下に少しウキウキしながら目的の教室に入ると扉の近くにうんざりした顔の七栄がいた。


もう手には弁当を持っている。どこで食べますー?なんて言いながら教室を出た。


「昨日は誰じゃった?」
「真田先輩。なんか書道の作品貰いましたよ。読めなかったけど」
「おお、真田の書か」
「なんなんすか真田の書って。そんなアイテム名があったんすか」
「おん、きっとご利益あるぜよ。良かったな、マネージャー」
「やっべーグシャグシャにしちゃった‥」



丸井が一週間前に言い出した。七栄のとこいって昼飯食おうぜ、と。
今あいつクラスで寂しいだろうから、と。
それから毎日交代で昼休みに足を運んでいる。

珍しく真面目な顔をして、七栄をほっとけねーんだよ。と言っていたのだ。

あの丸井が。


七栄は大事な仲間だし、皆異存は無かったが。



「そういや先輩、香水変えました?」
「いや、香水最近付けとらんよ。柔軟剤の匂いじゃなか?」
「あー、確か先輩年上のお姉さんと爛れた生活送ってるんでしたっけ」
「阿呆。ド健全じゃ」

本当、悲しくなるぐらいにな。
ふと丸井のことを思い出し、なんとなく聞いてみる。

「マネージャー彼氏出来んのか?」
「なんなんすか急に」
「いや、気になったから」
「いませんよ」
「ほぉ。好きなタイプは」
「‥‥先輩、もしかして私の事、口説いてます?」
「あのさあ、お前マジでそうゆうこと言うのやめてくれない?不愉快なんだけど」
「うわ!先輩大変!口調がっ方言がっ!」


仁王先輩のアイデンティティを奪ってしまった‥なんて言っている七栄は、やっぱりいつもと変わらなく見える。

辛いんかな。やっぱ辛いだろう。
表に絶対ださんが。

「なあ、辛いか」



沈黙。聞いた所ですぐにいつものようにはぐらかされると思っとったから、少し意外。



「毎朝、朝練が終わると、胃が痛くなるんです。放課後になると心底ほっとする」

「家に帰るとあっという間に朝になるんです。私」

「テニス部なかったら自殺してたかも」




目が合う。

無表情の七栄はじっと俺の目を見ている。

なんて答えようか、そう思っていたら七栄が先に口を開く。


「なんつって」

「少し盛りすぎました。自殺なんて死んでもしませんよマジで」

いつもの表情に戻る。

「死んだら許さんよ。お前も、お前のクラスの連中も。あと赤也も」
「死にませんよ。ありがとうございます」



こいつは俺に似てる。
世渡りがとてつもなく下手だ。心を許した人間以外とは距離を置く。


「丸井先輩にも感謝しないと。なんか貢ごうかな食い物を」
「なんで」

丸井は、絶対にこの昼休みにこいつに会いに行くことを自分が言い出したことを言うな、と釘を刺していた。

「なんでって、丸井先輩でしょ?なんか当番的に先輩方来させてるの」

わかりますよそれくらい。そう言っておかしそうにしている。


「なあ、丸井が好きか?」
「は?好きですけど普通に」
「そーか」
「丸井先輩は世渡り上手ですよね、誰とでも付き合えるし、敵がいない。ほんと、正反対で、憧れます」
「‥俺も」
「あー、私と仁王先輩似てますよね」


同じこと思っとったか。


「なあ、俺は好きか?」
「え、普通に好きっすよ」
「幸村は」
「怖いです」
「ジャッカル」
「超大好き」
「やぎゅー」
「あー、苦手です。怖いっすよあの人」
「‥真田は」
「お父さんっすね」
「参謀」
「私を馬鹿にし過ぎて逆に気持ちいいです」
「俺へのコメントが一番普通じゃな」
「不満ですか」
「じゃあ、赤也は」


何気に一番気になっていた事を聞いてみる。


「あの馬鹿は、好きとか嫌いとかじゃないんすよ」

「私、赤也に香苗ちゃんが出来て、本当にほっとしたんです」

「お互いに、幼なじみ離れしなきゃなんなかったんすよ」



俺には幼なじみとかおらんから、良くわからんが、そういうものなんだろうか。


「あっ予鈴なった!まだ弁当食い終わってないじゃないっすか」
「えー、サボろうや」
「えー、誘惑しないでくださいよ」
「なあー」
「‥幸村部長にチクんないで下さいね」





大分秋も深まり、日中でも寒さを感じるようになった屋上で、もうしばらく話しをしよう。
こいつが嫌なこと忘れられるように。




「うわ、仁王先輩が野菜食ってる!ありえねー!」
「ふん、いつまでも俺が野菜食えんと思っとったら大間違いじゃ」

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