千の仮面を持つ女



「じゃあ二人組作ってー」


うえ、来た。


体育のソフトボールの時間。
柔軟だとかキャッチボールとかをやるための二人組。

今日は、まだ良い方だ。一人病欠で奇数だから。


先生と組もう、そう思って移動しようとしたら、声が掛かる。

「北さん、一緒にやらない?」

心底びっくりした。
クラスメイトの、田中さん。そんなに話した事のない子だ。確かおとなしめの子だった気がする。

なんで‥

周りの友達らしき子達もびっくりしている。え、この子なにやってんの?みたいな。


「田中さんが私とやると他が一人余るよ」
「え、だけど‥」
「私先生とやるから」


無表情を作り、そう言って先生を捜す。

田中さんはおどおどした様子で私を見ていたが、周りの友達に囲まれ、何かを言われてる。‥アレでしょ、きっと田中さんまで目を付けられるよ、的な感じのアレでしょ。



「せんせー、私せんせーとやりたいー」
「お、余ったか。一人休みだったな、じゃあ北は先生とな」

50代ぐらいの小さなおばさん先生と柔軟を始める。

「北、昨日なんで出なかったんだー」
「えー、お腹すきすぎてヤバかったんだよー運動なんてしてらんなかったよー」
「そうかーそんなんでサボるなよー?今ソフト良いところなんだからなー」

だろうね。出たかったよ私ソフトボール大好きだし。


(なんでこうなっちゃったのかな)


理由なんて、自分が一番良く知ってる。

『ちったー妥協してつまんねー奴も相手してやれよ!』

昨日の丸井先輩の言葉が蘇る。

簡単に言ってくれるよまったく。それが出来ないから今こんななんだよ。
長い間、お姉ちゃんの友達や後輩、テニス部の先輩達に守られて、恐いものなんてなにもないかのように自由に振る舞ってきた結果が、コレだ。

赤也をぶん殴って、赤也が動かなくなって(あれは今までの人生で一番焦った)、その次の日から、女子が喋ってくれなくなった。

男子は今まで通りに接してくれたから、男子とばかりいたら、聞こえるように男好き、と言われる。ああ好きだよ、お前等よりはずっとな。


こんなの全然大丈夫。辛くない。
そんなふうに思わないと学校なんて、来れない。学校を休むわけにはいかないんだよ。だって私三年間無遅刻無欠席。


飄々とした仮面をつけるのは簡単だった。
本当は教室に入る度に、足が竦むけど。
明らかな敵意を感じる度に、吐きそうになるけど。


ソフトの試合が始まる。私のいるチームはどこかぎこちない。ああ、私のせいか。

「北さん四番やりなよー得意でしょ」

先攻のうちのチーム。ニヤニヤ笑う女子のリーダー格に誰もやりたがらない四番を押し付けられる。

「あ、いーの?超得意まかせて」

余裕な風に返してやる。


順番になりバッターボックスに入る。ランナーは誰もいない。


ピッチャーが投げる。
コースから大きく外れる。ボール。

2球目、またボール。

‥わざとか。打たせないってか。

3球目、ボール。

悪いけど私がこの世で一番嫌いなものは、わざとやるフォアボールなんだ。

4球目、コースから大きく外れるボールを、打ちに行く。


カキーン

芯を捉えた良い音が鳴った。


「ほーむらーん」


そう言ってバットを人のいない方に放り投げ、ゆっくりと走り出す。



守備をしていた田中さんが嬉しそうな表情をしている。

(ありがとよ、田中)

走りながら、ここ最近ずっと痛かった胃がほんの少し軽くなった気がした。

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