救世主には、なれない
「ようマネージャー」
「あら丸井先輩じゃありませんか。こんにちは」
テニス部の部室の裏に、レジャーシートを広げてその上で優雅に弁当を食ってる七栄がいた。
「お前さあ、なにしてんの?」
「速弁です」
見事な秋晴れの今日、日当たりの良い部室の裏はポカポカと暖かい。レジャーシートの上には食いかけの弁当と沢山の菓子。
今はたしか四時間目が始まったばかり。
ずいぶん堂々とした速弁だな。俺でもコレはやらない。
「先輩こそ何やってんすか。授業中っすよ」
「俺は自習」
自主的にな。
菓子に狙いを定めてレジャーシートに乗り込む。
「うわ、信じられん。勝手に開けよったでこの先輩」
怖いお人や‥、そう言う七栄を無視してキャラメルコーンを口に運ぶ。
「たまに食うとすげえ上手いのな。これ」
「私の分も残しといて下さいね」
そう言って七栄はまた弁当を食い始める。
しばらくお互い無言で食い続ける。
赤也からこいつの話を聞いたのが一週間前。
まだはぶられてんのかな、こいつ。
「あ、悪い全部食っちまった」
「私知ってますよ。残す気なかったっすよね」
「なあお前んとこ今授業なに?」
「体育」
あー、体育では男女で別れる。
だからサボってんのか。
なんとかしてやりてえ、一週間前からずっと思ってた。
『平気だろう』
そんな風に思ってた。実際こいつは全然辛そうにしてない。
でも。こいつは良い奴だし。
そんな奴がこんな扱い受けてるのはやっぱり納得行かねー。
前に体育が一番好きな科目だっつってたろ。
つまんなそうに弁当を食ってる七栄を横目に自分も持ってきた弁当を広げる。
「は?なんで先輩も弁当もってんすか?」
「お前と食おうと思って中等部来たんだよ俺は」
昼休みになるまで部室で時間潰そうと思ってここまできた。そしたらこいつがいて。
急に七栄はものすごく嫌そうな顔をした。
「なんでですか」
「お前と食いたかったんだよ」
「私が体育サボってここにいるのはっ、お腹すきすぎてヤバかったからです」
「ふーん」
「クラスに友達います」
「へー」
「うざいです」
俺の行動の意図に気が付いたんだろう。
「先輩にそんなこと言うなよ。泣くぞ」
「泣けばいいじゃないですか。私はそれを見てお菓子食べますから」
こんなに声を荒げて、怒った顔をした七栄を始めて見た。
なんだよ。全然平気じゃねーじゃん。何見てんだよ赤也。
「‥‥誰に聞いたんすか」
「何を?」
一瞬。泣きそうな顔をして、また怒った顔に戻した。
あー、もう。
ほっとけねーよ。
「お前さあ!あんまつまんねー意地はんなよ」
「ちったー妥協してつまんねー奴も相手してやれよ!」
「つーかお前良い奴なんだからもっと自信もてって。周りを良く見ろ、助けてくれる奴いんだろ」
俺の言葉を無視して七栄は弁当を片付ける。
「七栄!!」
こいつを名前で呼ぶのは始めてかもしれない。
「‥‥レジャーシート、あとで返して下さい」
あとこれあげます。そう言ってレジャーシートとポテロングを残して、あいつは中等部の校舎に向かって歩き出した。
(あいつ菓子のセンスまじで良いよな‥)
ポカポカと暖かいここで一人、そんなことを思いながらデカい弁当を頬張る。
「うめえ」
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