美味しそう



その日は可笑しかった。
何がって、私が。

会いたいな、と。
偶然会わないかな、と。
そんなことばっかり考えて歩いていた。

そんなときに、いつものコンビニの前で赤い髪を見つけてしまったのだから、そりゃあテンション上がって家に呼んでしまうってもんだ。

「先輩誰推し?」
「あーりん。お前は?」
「かなこっすかねー」

ただ何でもない話をしながら歩くだけで楽しくてドキドキして、こんな気持ちはなんて言うんだろうか。
それを知ってる気もしたけど、やっぱりよくわからない。

先輩が家に。
先輩が家に。
先輩が家に。

家への道のり、自分が数センチ浮かんでいるような錯覚を覚えた。ドラえもんか。

(舞い上がりすぎだろ、私)

ずっと右隣を見上げて歩いていたことに気が付いて、一人浮かれている自分が急に恥ずかしくなって、前をむいた。
先輩は本当にいつも通りだ。




「たっだいまー」
「お帰りなさい」

意気揚々と玄関の扉を開ければいつものように昔から家にいるお手伝いの三田さんが出迎えてくれる。

「三田さん、部活の先輩遊びに来た」
「あ、丸井です。こんばんは」
「あらあら、いらっしゃいませ」

三田さんはニコニコと嬉しそうに丸井先輩を見る。

「先輩、ブドウかオレンジかコーヒーか紅茶か牛乳。どれがいいっすか」
「え、ブドウ」
「七栄ちゃん、すぐお部屋に持って行くわね」

物珍しそうにキョロキョロしながら歩く先輩を部屋に通した。

すぐに三田さんがジュースを運んでくれた。あ、三田さんすっげえ嬉しそう。
ごゆっくり、と言って部屋を出た三田さんを丸井先輩が興味深そうに目で追う。

「おい、家政婦さんって承知しましたとか言うの?」
「頼めば言ってくれますよ」
「まじか」


早速買ったお菓子を広げて、ジュースで乾杯をしてとりあえず音楽とかかけてみて、どうしてくれようこのテンション。
ひたすらしゃべりまる。先輩も結構テンション高いしやべえ、超楽しい。


気がついたら先輩、ソファーに寝転んでた。

「くつろぎすぎっしょ」
「お前ついに敬語使えなくなったか」

ゆっくりしたリズムで先輩のお腹が上下に動いてるのを見る。

「寝ないでくださいよ」
「え、だめなの」
「むしろなんで良いと思ったんすか」

あっはっは、と。凄い顔で先輩が笑ったんだ。それはそれは凄い顔。めちゃくちゃ可愛くてイタズラでかっこいい顔。
胸っつーかお腹みたいなところがキューっとした。
先輩のベージュのカーデガン、やばいなんか美味しそうって意味わからない思考がポンっとうかんだ。
ゆるゆるのネクタイ、腰ではいてるズボン、多分結構傷んでる髪の毛、あ。やばい。
首やばい、腕まくりした腕から手首、そして携帯をなんとなくパカパカしてる手、やばい。
肌やばい、触りたい、どうしよう。
この時私は、今まで感じたことのなかった興奮状態にあった。


意識はなかった。
無意識だ。夢遊病みたいなものだ。

本当に、気がついたら先輩を押し倒していた。


おいおいおいおい、どうすんの、私。

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