面倒くさい後輩



「おいマネージャー」
「‥‥‥はい」
「どうしたんだよぃ」
「いや、わかんねーっす」
「なにすんだよぃ」
「知らねーっすよ」

これほど要領の得ない会話があっただろうか。
いや、七栄となら今までにもあった気はするけど。


落ち着け。落ち着くんだ俺。
取りあえず、今日の部活が終わったあとからのことを、思い出そうか。


部活が終わって家に帰る途中。
学校のすぐ近くのコンビニの前で七栄と会った。
このコンビニでの七栄との遭遇率に驚きながらも、右手を軽く上げながら「よお」と、声をかける。

「あ、」
「なんだよ」
「あ‥」
「あ?」

七栄は口をあんぐり開けて俺を見ながら、「あ」を繰り返した。挙動不審なやつ。

「あいたかったっ‥」
「はあ!?」
「会いたかったー会いたかったーイエス!!」

きーみーにー、なんて歌いながら俺を指差す。
挙動不審って言うか、ちょっと危ない奴だ。

「大丈夫かマネージャー」
「うぃっす絶好調っす」
「そーかよぃ」


自動ドアが開き並んで店内に入る

アイドルの話なんかをしながらいつものように菓子コーナーを散策する

アイスのコーナーで軽く悩む(「冬はやっぱりバニラ系っすよね」「ああ、しかもカップ系だよな」)

ホットの飲み物を選びながら「寒いな」「冬っすね」「秋はどこへ行っちまったんだろうな」なんて会話をする

別々に会計を済ます

連れ立って外へ出て歩き出す


ここまではいつも通りだったんだ。
それが、なんだってこんなことになってしまっているんだろう。


七栄の部屋で二人きり、なんで俺はこいつに押し倒されてるんだろう。





コンビニでアイドルの話になって、七栄がそのアイドルのライブDVD(正確にはブルーレイ)を持ってるって言うから、貸してくれと言ったらじゃあ家に来ますかって七栄が言って。

七栄の家はコンビニからだらだら歩いて20分くらいのところにあって、本当に赤也の家の隣で。

「え、お前んちおかしくね」
「そーっすか?」

家というよりも屋敷と言った方が合っているようなデカくて立派な七栄の家。
「お嬢様なのな」なんて言ったら七栄はふざけたように「いやあそれほどでも」と言う。

お帰りなさい、そう言ってエプロン姿のおばさんが出迎えてくれて、母親かなと思ったけど七栄がおばさんを苗字にさん付けで呼んでいたからすぐに家政婦的な人なんだと気が付いた。
(家政婦‥だと‥!?)

それから七栄の部屋に案内されて、今に至る。
いやさすがに部屋に入っていきなりではなかったけど。


「先輩」
「なんだよぃ」
「今退きますから」
「‥そーしろよぃ」

退くと言いつつ七栄はまだ俺に馬乗りになっている。‥‥この体勢はまずいだろ。

なんでだ、本当に、どうしてこうなった。

七栄はDVDを探して、俺は意外と女子らしい部屋を眺めて、いつもみたいなどうでも良い会話をして、いつもみたいにあまりのくだらなさに笑い合っていたはずだったのに。

それは、突然だった。
いい感じに高級そうで座り心地の良いデカいソファでくつろいでいたら急に七栄が上に乗ってきて。
腰を跨いで両肩を両手で押さえつけて。

その時俺が、何を思ったか。

混乱と、怒り、それに、幻滅。

女に押し倒されたことは、何度かある。
まあ当時付き合っていた子だとか付き合う手前の子だとか。
でもそれはなんていうか、同意の上というか、セックスが前提にあって。


(お前は、そうゆうのじゃ、ないだろ)


俺を押し倒したままピクリとも動かずに、真顔で何考えてんのかわからない七栄に苛つきを感じる。


「早くどけ」

きつい言い方をしても七栄は動かないし表情も変えないし喋らない。

「マネージャー」

俺だって変だ。力ずくで抜け出せるのにそうしない。
うわ、どうしよこのままキスとかされたら。
七栄の唇が目に入る。
そこから少し目線を下げれば細い首。
ブラウスから覗く鎖骨が白い。

この異常な状況に、俺は思ったより戸惑っている。

「つーか」

駄目だ。こんなのは駄目だ。
体が勝手に七栄の腰に手を回して引き寄せてしまいそうだ。
耐えろ。駄目だ。絶対に駄目だ。

「お前、そんな奴じゃねーだろ。何があったんだよぃ」


少し笑ってそう言ってやったら、ようやく七栄は顔をくしゃりと歪めた。


「もう先輩めんどくせええええ!!」
「はああああ!!?」


なんなんだこいつ。本当になんて奴だ。信じらんねー。

面倒くさいのはお前だ。
訳わかんねーのもお前だ。

やっと両肩の拘束が解かれる。
腹筋で起き上がればすぐそこに七栄の顔があった。

「うおっ!!」
「‥早くそこもどけや」
「すんません」

七栄が退こうと腰を上げた、そのとき。

「七栄ー、Xboxやらしてー」

本当に今日はなんていう日だ。
馬鹿みたいにお約束なタイミングで七栄の部屋のドアが開いて、馬鹿みたいに口をひらいた赤也と俺と七栄は数秒間固まった。

どれくらい固まっていただろうか。赤也は無言のまま部屋に入ることなくドアを閉めた。

バタン、そう音が響いた。


七栄が無言で俺の上から降りる。
何も無かったかのようにDVDを数本ビニールの袋に入れて渡してくれたのを何も無かったかのように鞄に仕舞った。

「先輩、飯食ってきます?」
「あー、いや、帰るわ」
「そっすか」

部屋から出て玄関まで七栄に送られる途中で家政婦のおばさんが土産にと紙袋を渡してくれた。中には美味そうなマドレーヌが入っていた。


「じゃあな、これサンキュー」
「いえいえ、お気をつけて」


外に出て広い庭を抜けて門を出たところで俺と同じ紙袋を下げた赤也が座りこんでいて俺は頭を掻く。

本当に、今日はなんていう日だ。

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