恋とか愛とか2
たっくんの自宅に向かって車は走り出す。
バーベキューか。もう夏はとうに終わったと言うのに。
そんなことを言ったら、たっくんは「サーファーは年中バーベキューやるもんなの」と言った。
サーファー‥
夏しか海入らないくせに。冬はスノボになるくせに。
「不良の癖にサーフィンとか」
「お前不良って何年前の話だよ。今じゃ爽やかお兄さんじゃねーか」
「そーだねー」
「それに彩さんだって今じゃOLだろ?」
信じらんねーよな。
そう可笑しそうに言うたっくん。
お姉ちゃんは、立海の卒業生で、ありえないことに伝説の女番長と言われていた。
‥なにがありえないって、この平成の世に、番長、ってところが。
「しっかし七栄も久しぶりだなー」
「そう?先月とか会わなかったっけ?」
「いや、先々月っしょ」
「ふーん」
お姉ちゃんが非行に走ったのは、お姉ちゃんが中学生のとき。
非行に走ったと言っても、家族には決して乱暴なことはしなかったお姉ちゃんは年の離れた私を凄く可愛がってくれていて。
お手伝いさんはいたけど、両親が仕事で忙しくて寂しかった私を、よくお姉ちゃんは自分の仲間達のところに連れて行ってくれたりしていた。
‥無免許のバイクで。
「いやあ、それにしてもお前デカくなったなー」
「そう?」
「こないだまで小3だったのになー。今中3だろ、ありえねー!!」
「‥会う度それ言うよね、たっくん」
そりゃ誰もが小3の頃はあっただろ。
お姉ちゃんの仲間達も、年の離れた小さな子供が珍しかったんだろう。私を大層可愛がってくれた。
そして、今に至るってわけだ。
意外とスピードを出さないたっくんの運転で、車は隣町のたっくんの家へ到着した。
「七栄ー!久しぶり」
車を降りると、たっくんの彼女のクミちゃんが出迎えてくれる。
「クミちゃん久しぶりー。相変わらずおっぱい大きいね」
素晴らしいおっぱい。見てるだけで幸せな気分にさせてくれる。
自分の貧相な胸と見比べて、溜め息をつく。
羨ましい。
「そうだろ?俺の功績ですよこれは」
「卓也黙れば。七栄、もう皆来てるよ」
たっくんとクミちゃんの後に付いて、バルコニーへ向かうと、5、6人の怖いお兄さんお姉さん。
「ちわっす」
「おー!七栄ー!」
「久しぶりだな、よし相変わらずふてぶてしいな」
「七栄、今日は俺の為にありがとう!」
全員知ってる人達で安心する。
何人かはもう飲んでるようだ。
たっくんとクミちゃんの間に腰を下ろす。あ、ここでも私はカップルの間が定位置になっている。
たっくんは小さな一軒家に家族とは別に暮らしていて、そのせいでよく溜まり場になっている。
「おい聞けよお前らー。なんとなあ、赤也に彼女が出来たんだって」
たっくんが鉄板に肉と野菜の串を並べながら皆にそう言った。
「え?赤也ってあの生意気なテンパだろ?小学生じゃなかったっけ?」
「ばっかあのガキ七栄とタメだっただろ」
「しかも今時は小学生でも彼氏彼女いるらしいぜ」
「え、つーか七栄ってもう中学生だったっけ?」
「ランドセルしょったふてぶてしい七栄、可愛かったなあー」
皆いつもこうだ。小学生時代のことばっかり覚えてて。
「そーだよ中3だよ。つーか制服着てんじゃん」
「うわー!来年高校かよ!!おい!お前ら!七栄が女子高生になっぞ!」
「年とるわけだよねー私らも」
「そう?皆初めて会ったときとあんま変わんないよ」
「七栄!!なんて良い子なの!?」
「あれ、てゆーかなんの話しだっけ?」
「七栄が女子高生になる話しだろ」
「いや赤也に彼女が出来たっつー話しだったでしょ」
「へー赤也にねえ」
いつも私と一緒にいた赤也も、このお兄さんお姉さん達と少し面識がある。
「俺赤也は七栄とくっつくかと思ってたけど」
「はああ?あのガキに七栄はやんねーよ」
「うん。それは無いよ」
過去の記憶を出来るだけ思い出さないように努めてそう言った。あれは黒歴史だ。
「七栄まだ彼氏できねーんだろ?」
「うん」
「へー。じゃあまだ処女?」
皆興味深そうに私を見てくる。
なんだよ。
「たっくん、あんまりそう言うこと言ってるとお姉ちゃんにチクるよ」
「ちょ、お前そんなことしてみろ!泣くぞ?俺が」
「お前かよ」
処女だけど。なんかここでそれを言うのは恥ずかしいぞ。
「えー、七栄好きな子とかいないのー?」
お姉さんが身を乗り出して聞いてくる。
一瞬、丸井先輩が頭をよぎって言葉に詰まる。
直ぐに答えられなかったからか、お姉さん達が騒ぎ出す。
「きゃー!!いるんでしょ?いるよね!もう中学生だもんね!」
「ちょっと七栄、言ってみなさい。お姉さん達に言ってみなさい」
なんだってこう、女は恋の話しが好きなんだよ。
今日の学校での田中の興奮していた姿を思い出した。
「い、いないよ!」
「やーん可愛いー!!」
「ほら、話してみな」
「おい七栄、どこの馬の骨だ。まずは俺を通してからにしろ」
だから、わからないんだって!
好きかって聞かれたら確かに好きだけど、そういう好きかわからないんだよ。
「よくわからないよ。好きとか、彼氏とか」
「ただなんか一緒にいると嬉しいってゆうか」
「でも会うと緊張するけど」
「前は全然こんなことなかったのに」
「なんか本当よくわからん。もうこのこと考えたくない」
ポツポツと打ち明けた。
皆黙って聞いてくれて、少しの間沈黙がながれた、
と思ったら途端に皆が騒がしくなる。
「可愛いー!!!」
隣にいたクミちゃんが抱きついてきた。む、むねが!
あまりの柔らかさに意識がどこかに行ってしまいそうだ。
「なにこの可愛い子。本当に七栄?」
「あ、俺泣きそう。感動して」
「七栄も大人になったんだね‥」
「く、クミちゃん、おっぱい‥苦しい」
「あ、ああごめん」
やっと解放される。なんだあれ、天国か‥
「いや、だから好きとかじゃないんだって」
そう言い放つが、皆ニヤニヤとしている。
「違うからね!?本当だよ?」
「うんうん。わかったよ」
クミちゃんはそう言ってくれたが、半笑いだった。
皆その後は馬鹿みたいに騒ぎながら食べて飲んで酔っ払って、大変だった。
クミちゃんが私の空になったグラスに烏龍茶をついでくれた。
「ありがと」
「うん」
そう言ってタバコをくわえたクミちゃんに、近くに置いてあったライターで火を付けてあげたら頭を撫でられた。
「ねえクミちゃん」
「ん?」
「あのさ、もしもさ、好きな人が出来たら、その後どうしたらいいの?」
「七栄はどうしたい?」
「‥わかんないよ」
「相手にも、好きになって貰いたくない?」
「‥うん。そうかも」
先輩にも、私のことを。
「いや、別に好きじゃないよ?いや好きだけどそういうのじゃないよ?」
「わかってるって」
タバコを片手にクミちゃんは目を細めた。
「相手中学生?」
「高校生。一個上」
「まあそんくらいの男は馬鹿だからね。ちょーっと色仕掛けすりゃ落ちるって。簡単だよー?」
「私胸ないもん」
「馬鹿。胸だけじゃないよ。ねー卓也?」
「んー?そうだぞ七栄ー。尻も腰も脚もいいぞ!」
「私尻も腰も脚も自信ないよ!?」
「あんたは可愛いんだから、大丈夫だよ。部屋に二人っきりになって隙でも見せりゃ一発よ」
「いや、お前の腰の細さと脚は俺評価してるよ」
「たっくんセクハラ」
もう時刻は10時をまわり、そろそろ帰るころになった。
半分くらいの人はたっくん家に泊まるらしい。
「七栄、送ってくから後ろ乗って」
「うん」
たっくんはお酒を沢山飲んでいたからクミちゃんが運転してくれる。
「あれ、たっくんも来るの?」
助手席にたっくんが乗り込んだから、疑問に思って訪ねる。
「おう。彩さんに話しあってさ」
車が静かに走り出した。
「ねえ、お姉ちゃんに話しってなに?」
「あー、七栄にも言っとかなきゃな。」
なんだかいつもより真面目な雰囲気を醸し出している。
「なに、どしたの?」
「俺さ、結婚するんだよ」
おめでとう、と言いかけて、止めた。
なにかが変だ。
俺達、じゃなくて、俺さって‥
「たっくん、クミちゃんとだよね?」
二人とも黙っている。
「おめでとう!子供出来たの?結婚式やるの?クミちゃんウエディングドレス着る?」
なんで、何も言ってくれないんだよ。
「七栄、クミとじゃないんだ」
「なに言ってんの?」
「七栄の知らない子とだよ。卓也ね、子供作っちゃって」
クミちゃんは穏やかにそう言った。
「七栄に言ってなかったけどな、俺とクミ、三年くらい前に別れてるんだよ」
「え?」
「まあ卓也とは十年以上一緒にいたからね。別れてからもズルズルしてたけど」
「ヤダ」
「七栄‥」
「そんなのヤダ」
「うん。私もヤダよ」
「俺だってヤダよ」
「アホ。あんたはそんなこと言うんじゃないよ」
私が小さい頃から、たっくんとクミちゃんはずっと仲良しで、絶対に別れたりしないって勝手に思ってた。
結婚するんだろうって思ってた。
無性に悲しくなって涙が滲む。
「七栄ー、恋は楽しいよ」
運転をしながら、クミちゃんはそう言った。
「私卓也と付き合って後悔することは一つもないもん」
「本当に、楽しかった。人生が豊かになった」
「私も新しい彼氏、そのうち作るしね」
「結婚式には七栄も呼ぶからねー」
なんだよ。大人はわからない。恋もわからない。
「クミ、俺も呼べよ」
「わかってるよ。あんたは親族席にしてやるよ」
「クミちゃん、ドレス着る?」
「んー、白無垢も良いよねー」
「やだよ!クミちゃんは谷間を強調したドレス着なきゃやだよ!」
「はいはい、七栄の為にドレスにするよ」
家に着いた。
「あああ、彩さん怒るかな」
「大丈夫。ついててあげるから」
「‥お姉ちゃん、二人の結婚式で悼辞読むって言ってたよ」
その瞬間、二人がブッと吹き出した。
「ばーか。祝辞だよ」
「七栄は本当に馬鹿だよねえ」
それから二人はお姉ちゃんに居間で報告をして帰って行った。
お姉ちゃんは全然怒ったりしてなくて、たっくんに、しっかりやれよなんて言っていた。
「お姉ちゃんは嫌じゃないの?」
「大人はいろいろあんだよ。卓也とクミにもね」
ふーん、なんて聞いて、私はベッドに入る。
たっくんの事を思い出して、少し悲しくなって、クミちゃんの「恋は楽しいよ」って言葉を思い出して、丸井先輩のことを考えて、眠りに落ちた。
▼ しおり 目次へ戻る