世界が、広がる
今俺は七栄の前の席に座り後ろを向いて七栄と向かい合い、弁当を広げている。
「先輩」
「ん?」
恨めしげに俺を見つめて何か言いたそうにしている。
「屋上で食べません?」
「良いじゃねーか。外寒いし」
「いや、今日いい天気っすよ!?絶対気持ちいいっすよ!?」
「もう広げちまったし」
「つーか!!」
「せめーっ!!」
七栄が吠えた。
一つの机に弁当箱二つ広げるのは確かに狭い。
俺の弁当デカいし。
「ねえねえ、そこの君、机も借りて良い?」
先ほど椅子を借りる事を頼んだ後輩の女子に訪ねると、「ど、どーぞ!!」と顔を赤くして了承してくれた。
机を移動させ、七栄の机にくっつける。
七栄は釈然としない表情で弁当を出し始めた。
レギュラーの皆で交代に七栄と昼飯食うために中等部に通って二週目くらい。
俺が今日ここに来たのは、七栄のクラスの連中への牽制の為だったり、七栄のクラスでの状況を知るためだったりというなんとも兄貴らしい理由から。
「相変わらずお前の弁当アレだよな」
「可愛いじゃないですか」
女子にしてはデカい弁当箱には可愛らしいおかずがぎっしりと詰まっている。
飯の上にはキャラクターが描かれているし。
黙々と七栄は食い始めた。
確かにこの教室は、大層居心地が悪い。
女子数人が遠巻きにこちらを見てこそこそと何か喋っているのが視界の端に見えて、不愉快な気持ちになる。
「お前さぁ、卒業までこれはキツいだろ」
「平気っすよ」
「俺が心配で平気じゃねえよ」
「私にはナイスでイカしたボーイフレンド達がいますし大丈夫っすよ」
「お前、女なんだからさぁ!」
「なんすか、父親気取りっすか。駄目ですよ、既に父親のポジションには真田先輩がいますから」
「なに、真田親父なの?」
「はい。私と赤也の」
「俺は‥兄貴みたいなもんだろ」
こないだ公園で話したことを思い出しながら、言った。
そうだ、こいつは妹みたいで、だからほっとけなくて。
「うわ、そうしたら丸井先輩も真田先輩の子供ということになりますが大丈夫っすか?」
「‥‥それはヤダ。俺お前の兄貴辞めるわ」
「そうっすか」
「先輩」
「なに」
「出来ました」
「なにが」
七栄が少し止まった。
なんだよこいつ。主語を言えよ、主語を。
「‥女の子の、友達」
やっと聞き取れるぐらいの小さな声で、七栄はそう言った。
「え!?マジで?同じクラスで?」
「先輩!声でけーっすよ!」
七栄は小さな声を継続させ、同じクラスですと言った。ふてくされた表情を作っている。
素直じゃねーな。
「へえ。良かったな」
「と、友達っつーか、挨拶するくらい!ほんとに対した仲じゃない!」
焦った表情でそんなことを言い出した。
対した仲じゃないって‥ひでぇなこいつ。
「‥でもさっき移動教室んとき一緒に廊下歩いた」
「ふーん。何話したんだよぃ」
「いや、天気の事とか。寒いね、って。あとお菓子の話とか‥あんこ系が好きだって。粒あん派だって」
「俺も粒あん派だな」
「私もっす。‥どっちも好きだけど」
軽くテンパりながら、やっぱり嬉しそうに話す七栄は、可愛かった。
本当、兄貴みたいな気分だ。
「なあ、どの子?」
「‥‥窓際の、髪の毛二つ縛りの小さいの」
おとなしそうな子。すげーな、こんなクラスの状況でこいつに近付くなんて。
「名前は?」
「なんすか、絡むつもりっすか?やめてくださいねマジで」
「そんなんじゃねーよ。いいから、名前」
「‥‥田中」
「田中さーん!!」
「ええええええ!!??」
田中さんはびっくりした表情で、走りながらこっちに来た。
「は、はい?」
「あー、悪いね。こっちまで来させちゃって」
「い、いえ全然」
「先輩マジで最悪変なこと言ったら絶交しますよマジでほんとやめてまじやめてつーかなにこの先輩ありえねー‥」
青い顔でブツブツとなんか言ってる七栄を無視して、田中さんに向き合う。
「田中さん、こいつ変な奴だけど意外と面白いし良い奴だからさ、よろしくな」
面食らったように田中さんは戸惑っていたが、直ぐに落ち着いて話し出す。
「あ、あの、私」
「七栄ちゃんのこと、凄く憧れてて」
「かっこいいなって。同じクラスになってから、ずっと仲良くしたかったんです」
「だから、こちらこそ、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げた。ピョコンとおさげが揺れた。
あ、この子可愛いな。
ガタッと音がしたと思ったら、七栄がダッシュで教室から飛び出して行った。
「え、七栄ちゃん?」
「あー、ごめんね田中さん。あいつ照れてるだけだから」
「え、そうなんですか?」
「俺行くわ。時間割かせちゃってごめんね」
「いえ全然大丈夫です」
七栄のと俺の弁当箱を片付ける。まだ食い終わってねーのに。あいつ‥
「あ、それと田中さん。なんかあったら遠慮なく連絡して」
そう言って最近パソコンの授業で作った名刺を渡す。
このクラスの連中全員に聞こえるような大きな声で。
「マジで立海テニス部総力をあげて助けに行くから」
にっこり笑って教室を出る。
七栄どこ行ったんだよ‥
「あ、先輩」
「ほら、弁当」
「あざっす」
どうせ此処だろうと思って訪れた屋上に、七栄が一人ポツンと座っていた。
「よかったな」
隣に腰を下ろして食いかけの弁当を広げる。
返事をしない七栄を不思議に思い、顔を覗き込んで、驚いた。
泣いてる。
顔が赤い。
そんなに嬉しかったか。
ほんと可愛いなぁ、こいつは。
急に、抱き締めてやりたい衝動にかられたが、寸前で思いとどまった。
七栄に、そうゆうことしたらダメだ。
それなりに女の子と遊んできた俺だけど、七栄をそういう子達と一緒にしちゃ、駄目だ。
「えらいえらい」
だから、伸ばしかけた手で頭を撫でてやった。
こんどは嫌がらない。
「先輩」
「ん?」
「アホー!」
「はあ?なんだよそれ」
それから俺は、顔を真っ赤にさせて涙目で睨む七栄を見て湧き起こる二次衝動を必死で抑え込んだとさ。
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