距離が近づく



(あかん、本格的に風邪や‥)

現在四限の体育が終わって昼休み。
熱い寒いが交互にやってくるだるい身体を全力で机に預けていた。


頭痛い‥

最初にそう思ったのは一限目の数学の時。

だるいな、おかしいな

そう違和感を感じながらズルズルと今まで来てしまった。
極めつけは四限の体育のプール。
休めば良かったものの、今日は測定があったからつい出てしまった。
おかげでタイムは過去最低‥まあ体調悪くても良くてもあんまり結果は変わらない運動神経だけども。

忍足君めっちゃ速かったなぁ‥

痛む頭で水泳の授業でいつもよりさらに輝いていた忍足君の姿を思い出す。

ええ体、しとった‥

風邪での物とは別物であろう熱がほっぺたに宿る。

(‥‥‥なに考えてんねん、この変態)

自分の思考に突っ込みを入れつつも、だるくて泣きそうになっていた。

「松下、大丈夫か?」
「‥しらいし。大丈夫‥」

心配をして声を掛けてくれた隣の席の白石に、顔を上げて大丈夫、と返したら白石が物凄い顔をした。
なんてゆうか、般若の様な‥

「大丈夫ちゃうやろ。朝から具合悪そうやったもんな、保健室行くか」

意外と良く見てるんやな、働かない頭でそんな事を考えていたら

「なんや松下具合悪いんか。大丈夫か?」

お、お、お、忍足君!!

「せや、俺保健室連れてったるわ!」

な、なんやと!?
忍足君が、保健室に、私を‥

急にふらっとして辛うじて上げていた頭がまた机の上に落ちる。
ガンっと鈍い音が鳴る。

「ちょっ、松下大丈夫か!死ぬな!!」
「‥謙也、俺が連れてくわ」

え、ちょと白石なんてことを!!あ、頭痛い‥

「え?白石大丈夫や俺が行くで、保健室」

お、お、お、忍足君!あ、でも忍足君に連れ添って貰ったら死ぬかもしれない。
保健室に着くまでに。
ドキドキしすぎて‥

「謙也、俺が保健委員や。それに松下が心配やしな」

突っ伏しているからよくわからないが、白石はなんだか怒ったような声を出した。
え、なんなん?

「‥あ、せやな。白石頼んだわ」
「おん。任せとき。松下、立てるか?」

返事をしようと思って口を開くが、かすれたような弱々しい声しか出てこなくて自分でもびっくりした。
そういえばさっきから私一言も喋ってへんわ。


白石の手を借りてなんとか立ち上がり、ふらふらとした足取りで教室を出た。

「歩けるか?おぶうか?」
「や、大丈夫」

おんぶを推奨する白石をなんとか拒否して、肩を借りながら廊下を歩く。
道中、すれ違う生徒達が心配そうに声を掛けてくれた。


めったに足を踏み入れない保健室に到着し、扉を開けると保健医と一人の女子生徒がいた。
白石が保険医に事情を説明してくれ、私はベッドに寝かされる。

「ほら熱、計りぃや」
「‥ん」

白石が渡してくれた体温計を受け取り脇に
挟む。

白石はさっきの女子生徒となにやら話をしている。
ああ、保健委員の子なんや。
良く顔見んかったけど隣のクラスの子だったような‥

ピピッ

体温計が鳴り脇から取り出すと、

「何度やった?」
「‥さんじゅう、‥はちど‥くぶ‥」

マジか。道理でダルいはずや。

「ああ、帰った方がええな。親御さん迎えこれそうか」

保健医がそう訪ねてくる。

「‥夜まで仕事ですね。ちょお、放課後まで寝かせてもらってええですか?」
「かまへんが、大丈夫か?先生送ってくで?」
「大丈夫です」

そんな迷惑を掛けるわけにもいかないし、放課後まで寝て、どうにか自力で帰ろうと思い、そう返した。

「じゃあちょっと先生職員室行ってくるな。昼休み終わったら帰ってくるから」

そう言って保健医は保健室から出て行った。

「白石君、うちもそろそろ行くなあ」
「おん。あ、次の委員会で使う資料頼んだで」
「わかった。あ、松下さんお大事にね」

そう私にも声を掛けてくれて、おそらく隣のクラスの保健委員の女子生徒は保健室から出て行った。
なんだかゆっくり喋るおっとりした感じの子。

「白石、おおきにな。もう戻って大丈夫やで」
「そうか?あ、これ貼っとき」

そう言って冷えピタを持ってきてくれた。
受け取ろうと手を伸ばしたが、一向に渡してくれる気配は無く、ペリッとシートを剥がす音がしたと思ったら前髪をかきあげられた。

「え、ちょ、ひゃっ」
「うお、熱いなー。辛かったやろ」

白石の大きい手とひゃっこい感触がおでこに触れる。

「‥自分で出来たで」
「お、そーやったかー」

前髪を直してくれる手付きが、妙に優しくて変な気持ちになる。

‥白石がモテへんって嘘やろ。

「おおきに」
「どういたしまして。じゃあゆっくり寝てろや」
「あ、悪いんやけど次の授業の先生に言っといてくれるか?」
「わかっとるよ」
「ほんま、おおきに」
「ええよ。じゃあな」

最後に、なにを思ったのか私の頭を一撫でして白石は保健室から出て行った。

‥あれ、他の女子にやったら勘違いされるんとちゃう?

もやもやとそんなことを考えながら、私は意識を手放した。
冷たい、おでこが、きもちいい。








「おーい、松下ー起きれるか?」

その声で意識が戻った。まだちょっとぼんやりするけど。
昼休みから今まで一度も起きなかったようだ。
随分汗をかいていたようで、湿ったブラウスが少し気持ち悪い。

「わ、白石。もう放課後なんか?」
「せやで。具合どうや」
「あー、随分楽んなったわ」

放課後の保健室に保健医はいなくて、白石が私の鞄を持ってきてくれていた。

「ほんまか。一応、熱計り」

そう言ってまた体温計を差し出してくる。

「あれ、そういえば白石部活は」
「ああ、今日はお笑い練習やから抜けてきたんや」
「お笑い‥」
「今日俺の出番ないんや」

あれ、こいつテニス部とちゃうかったっけ‥

「松下、帰り親迎え来れるんか?」
「あー、無理そうやから自分で帰るわ。もう大分ええしな」

「あ、ほら37度や。ほぼ平熱やし」

ちょうど鳴った体温計を見せながらそう言った、その時

「松下!!」

保健室の扉ががらっと開き、そこには少し息を切らした、

「お、お、お、忍足君!?」

なんでどうして!

「大丈夫か?」
「お、お、お、おん。もう平気やで」
「そうか!いや、さっき昼休み、松下に悪いことしてしもうたなって思って‥」
「え、え?なにが?」
「いや、松下を心配しとったんは本当やったんやけど「謙也!!」

忍足君の言葉を白石が遮る。

「おおう!白石どうした!?」
「謙也お前今日ネタ発表の日やろ。今その時間とちゃうんか?」
「え、ああそうなんやけど、ちょっと開いた時間使うて顔だそか思ってな」

え、ネタ発表ってなんなん‥
テニス部やったよな?二人とも‥

「ユウジからさっき連絡あったで、謙也がおらんって」
「え、マジか?はよ戻らな!」
「そうしいや。あ、そや謙也、今日チャリ貸せや」
「は?なんでや」
「松下送ってくわ。親が迎えこれんやて」
「ああ!そうゆうことなら持ってけや!松下!俺のチャリは速いで!」

じゃあお大事にな!そう言って忍足君は風のような速さで保健室から出て行った。

「‥‥‥え?白石?送るて」
「まだ辛いやろ。送ってくわ」
「ええええ?大丈夫やで?そんなん悪いし」
「ええから甘えとき」

有無を言わさぬ白石に、戸惑いながらも「お願いします」と返してしまった。





「わ、派手な自転車やな‥」
「趣味悪いよな謙也」

駐輪場まで言って、自転車を取りに行った白石が引いて来たのは派手な黄緑色をした自転車。

「そんなことないやん。忍足君らしいわ」
「そーか」

うん。めっちゃ似合っとる。
ピッタリや。

「ほら、後ろ乗りや」
「悪いなあ」

白石の後ろに跨がる。

「うち結構遠いで、10キロぐらい」
「余裕や。任せとき」

そう言って軽々と自転車を漕ぎ出す。
ああ、忍足君の自転車乗ってしもうた‥
漕いでるの白石やけど。

「白石、大会いつなん?」
「んー?今月府大会や」
「え、もうすぐやん!?大丈夫なん?」
「まあ府大会は余裕で優勝するやろうな」
「‥凄い自信やな」
「まあな、それだけの積み重ねがあるからな」

うちの男テニは強いって有名だけども、こんなに自信があるって凄い。

「今のレギュラーメンバーで自信が無い奴なんて一人もおらんで。皆自分等の勝利を信じてる」

「メンバー同士の信頼も、それぞれの実力も、うちのチームはきっと日本で一番や」

「俺は部長としてその確信がある」

前を向いているから白石の表情はわからないけど、声は凄く真剣で。


「なんや、かっこええな」

そう呟いた瞬間、自転車がガタッと揺れた。
危ない!とっさに腰にしがみつく。

「なん、照れたんか。白石らしくもない」
「アホウ、そんなんちゃうわ。デカい石ころ轢いてしもただけや」
「ふーん」

またすぐに安定した走りに戻った。
掴んでしまっていた腰から手を離し、サドルの後ろの方を掴む。
‥‥男子とこんなに密着したのは初めてかもしれない。
初めてが白石か‥いや、別に嫌ではないのだけど。


「白石はなんでモテないんやろな」
「‥なんやねん、急に失礼なやっちゃな」

こないに格好ええのに。
何気に広い背中と形の良い頭、綺麗な髪の毛を見ながら以前ともちんが教えてくれたことを思い出す。

「イケメンで優しいし面倒見いいし」

常々思っていた事を言ってみた。

「せやなあ、高嶺の花的な感じなんちゃう?ほら、俺ってパーフェクトやし。」
「うわあ」
「なんやねん、うわあて」
「いや、素直な感想や。どん引きや」

自分で言いよったわ、この男。
まあ冗談のつもりなんだろうけど割と同意してしまうから悔しい。

「‥つーか俺、別に優しくも面倒見良くもないで」
「そーか?めっちゃオカンやん」

私、今日めっちゃ面倒見てもろたで。
白石は、少しの間をあけて、

「別に誰の世話でも焼くわけやないし」

「人当たりがええのはそれが一番楽やから」

「多分それは、ほんまの優しさとちゃうやろ」

そう淡々と喋った。
白石の、本音みたいのは初めて聞いた。

「‥うちはそれ悪いと思わんで。一種のスキルやろ。ええやんか。それが一番賢い生き方やん」

どこか、自分に言い聞かせるように。
‥他人にこんな、本音話すのは初めてだった。

「俺と松下はなんか似てるな。村上にもこないだそう言われたわ」
「‥ともちんが?」
「おん。あいつよう見とるよな」
「そうやね。ともちんは、なんつーか真逆やな。うちらと」
「せやな。アホやもんなあいつ」
「せやな」
「‥松下意外と酷いやっちゃな」
「白石にしか言わんわこんなこと。ともちんはアホやけど、憧れるわ。正反対やから惹かれるし、眩しい」

ともちんも、忍足君も。

「‥謙也も、やろ?」

思わずサドルから手を離してぐらりと揺れた。

キキーッとブレーキの音がして自転車が止まる。

「ってオイ!大丈夫か!?」

びっくりしすぎて落ちるかと思った。
というか半分落ち掛けた。

「ななななな何で!お、忍足君が!」
「‥‥わかりやすすぎや」
「はあ!?ちょ、白石?なにゆうてんの!」

わかりやすいって‥
バレた!?あかん!どないしよ‥

「俺ら、似てるから」
「‥へ?」
「憧れる気持ちわかる、言うたんや。謙也もアホやからな」

‥‥バレとるんか?なんなんや。
微妙にはぐらかされて、もうそれ以上聞けない。
墓穴掘るのは目に見えとるから。

「‥なあ、謙也に彼女出来たらどうする?」
「は、はあ?べ、別にどうもせんわ」
「ほーお」



こ、これはバレている、か?

その後、家まで送ってくれた白石と別れた後再び熱が上がり、なのにもやもやとして眠れず、次の日も学校を休んでしまった。

‥完全に白石のせいや

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