謙也の恋



「ちょお、白石。顔貸せや」


衣替えも済んで6月も半ば。
部活が終わって、先にみんなを帰して部室の鍵を職員室まで持って行く途中のこと。


「どないしたんや、村上」


昇降口で同じクラスの村上が俺を呼び止めた。
顔貸せなんて穏やかじゃない。


「聞きたいことあんねんけど」
「‥ちょお職員室行かなあかんから、待っとき」


職員室へ鍵を返しに行き、急いで昇降口まで戻る。
村上は下駄箱に寄りかかり、ぼんやりしていた。


「待たせたな、歩きながらでええか?」
「おん、悪いなあ」


そう言って靴を履き替え、校門へ向かって歩き出す。
結構遅い時間なのに外はまだ明るい。
もうすぐ夏至か。

(村上元気あらへんな)

いつもはうざったいくらい明るいのに。
村上とは中学三年間クラスが同じで、割と気の置けない仲で、お互いの事は結構知っている。

(まあ、十中八九謙也の事やろな)

「で、謙也がどないしたんや」
「‥やっぱわかるか。いや、あんなあ」

言いかけて、止めた。
少しの間無言で歩く。
初夏特有のジメジメとした暑さに不快感が上がる。

「‥‥あんなあ、謙也さ、好きな子出来たんとちゃう?」
「ずいぶん溜めたな」
「で、どうなんや?!」


必死な顔の村上を横目で見る。


「‥なんでそう思うんや」
「こないだ見た。‥隣のクラスの子」


ああ、やっぱ気付くか。


「めっちゃどもりながら、嬉しそうに話し掛けとった」

「名前で呼び捨てんして」

「謙也が女子を名前で呼ぶのなんて今までなかったんに」


泣きそうになりながら村上はポツリポツリと話し出す。

謙也があの子と出会ったのは先月。
保健室で。
体育で転けて足を怪我したあいつが、部活前に絆創膏取り替えに行ったとき。


「おとなしそうな子やった。でもよう見たらやっぱ可愛い感じの子やった」
「‥保健委員の子や」
「あんなんっ、気付かれるやん!謙也わかりやすすぎやん!」
「いやあ、ちょっとボケた子やからなあ。どうなんやろ」
「天然ボケてっ!ポイント高過ぎやん!」
「せやなあ」
「いつからや!?」
「先月。調理実習あった日の放課後。保健室で」


村上が止まる。


「なあそれって」
「絆創膏取り替えに行ったんや。そんとき」


「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」


「うちがあんとき舐めときゃ治るっちゅーとけば」
「まあ出会わんかったかもしれへんなあ」


「う、うっうちは‥なんであんとき‥」
「まあ、あんときお前が保健室連れてかへんでもこうなっとったかもしれへんやろ」


あ、泣いた。‥俺が泣かしたみたいやんか。


「村上ー、元気だしい」

「まだチャンスあるでー」


少々投げやりに慰めの言葉を掛ける。


「謙也が振られるかもしれへんやろ」
「‥ひっく、う、謙也を好きにならへん女子なんて‥ひっく、おらんわあ!」
「‥大袈裟やな」


まあ、謙也は馬鹿やけど、真っ直ぐで誰よりも良い奴やから。
だから好かれるんだ。村上にも松下にも。

松下のことを思い出したら、胸がチクリと痛んだ。
松下がこのこと知ったら、どないすんのやろ。
きっと村上のように人に吐き出したり泣いたり出来ないんやろうな。


「なあ謙也が好きな子出来たっちゅーの、女子ん中で話題になってたりすんのか?」
「なってへんよ。知ってる子、いるんかもしれんけど多分うちに気ぃ使ってるんちゃう?」
「松下は?」
「花?知らんと思うで。ちゅーかなんで花でてくんのや」


変に思われないか、内心ドキドキしながら松下の名前を出したら案の定突っ込まれた。


「や、俺と謙也と席近いから、どうなんやろなー思うて」


‥苦しい言い訳や。

いや、だが村上なら‥


「そーなんやあ。ちゅーか白石ぃ!花とずいぶん仲良しやないのぉ!どうなんやそんところ」


よし、大丈夫や。流石アホや。


「そーか?なんもあらへんで。ちゅーか村上こそ最近松下と仲良いよなぁ」
「おん。調理実習あってからうちと花は仲良しやで」
「ああ、料理出来んもの同士や」
「うっさいわ!でも白石があんなに仲良くしとる女子珍しいやろ」
「まあ松下とは話しが合うからなぁ」
「うち思うんやけどな、白石と花似てるわ」


初めて言われたことに少し驚く。


「え?似てるか?」
「おん。頭ええとことか要領ええとことか。皆から慕われとるとことか」
「なんや、べた褒めやな」
「あと、」


「内心他人にあんまり興味ないとことか」


驚いて村上を見ると目が合った。
もう泣き止んでいるが目が赤い。


「お前は」

「本当に良く見とるよな」


村上は不敵に笑いながらこう言った。

「うちはうちの友達の事、謙也と同じくらい好きやからな」







駅に着いた。
乗る電車が違うから村上とはここで別れる。


「ああせやせや白石」
「なんや」
「知っとるかもしれへんけど花なあ、割と男子に人気あるんやで」
「‥へえ」
「顔ええし性格サッパリしとるし胸あるしな」


何が言いたいんやコイツは。


「俺やって女子に人気あるやろ」
「あほう。遠巻きに見られとるだけやろ」
「‥‥‥」
「こないだ後輩の女子が言っとったでぇ。『白石先輩まじキモかっこいい』って」
「‥‥キモイことあらへんやろ」
「絶頂と書いてエクスタシーゆうとるやつがなにゆうとんねん、危なすぎや」


近寄りがたいわぁ。なんで悪口を言いながら村上は自分のホームへ消えていった。


‥エクスタシー、ええやんけ。
謙也かて決めゼリフおかしいやん。


そうぼやきながらホームへの階段を登った。



外は、まだ明るい。

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