あまじょっぱにがい



「謙也!あんたさっき転けとったろ。保健室行くで、うち着いてったるから!」

体育の後、着替え終わって教室に入るなり村上さんが忍足君にそう声を掛ける。

(凄いな、村上さん)


忍足君、さっき大丈夫やった?

そんな台詞を用意して、初めて自分から話し掛けようと勇気を振り絞っていた、その時だった。


「なんや見られとったんか。アレや俺が速すぎて地面が着いてこれんかった、ちゅー話しや」
「なにアホな事言ってんねん」
「うっさいわ村上。大したことあらへんから保健室なんて行かんで平気や」
「アホ擦りむいとるやないか。ええから行くで」

村上さんが忍足君の腕を掴んで教室を出て行った。

(ええなぁ。)

なしてあないなこと出来んのやろ。「謙也ぁ」なんていつもより高い声だして、いらん言うてるのに強引に、

「なんや松下さん怖い顔しとるで。腹でも下したんか」
「っ、白石君。失礼やな乙女に向かって」

自分の席に着いたところで隣の白石が話し掛けてきた所でハッとした。
‥あかん、性格悪いこと考えとった。

「?乙女どこや?乙女ー、出てこーい」
「ハハハハ、しばくで」
「すまんすまん」

席が隣になってから白石とはかなり仲良くなった。白石は意外と趣味が女々しいから(ヨガやら韓流やら。)話が合うし、気さくに話してくれるから、軽口を叩けるぐらいには。

忍足君ともこれくらい話せれば、ええのに。

(あかんなぁ、随分欲張りになってもうた)



見てるだけで充分だった、のに。

席が近くなって、たまに白石交えて会話出来るようになってからは、毎日本当楽しくて。

もっと、もっとと思ってしまう。





次の授業は家庭科で調理実習。
友達と家庭科室へ向かった。

教室の席とは違う班分けのテーブルに座る。
空いてる席が、ひとつ。
まだ来てないのは忍足君と村上さん二人だけ。

もしかして‥と期待してしまう。



「うおっ間に合った!流石俺。浪速のスピードスターなだけあるわ」

ガラッと扉が開き、忍足君が駆け込んでくる。

「ちょ、謙也あんた速すぎや!看病したったうちを置いてくなんてどーゆーことやっ」

それに少し遅れて息の切れた村上さんも入ってきた。


二人とも少しキョロキョロして自分の座るテーブルを探している。こちらのテーブルに向かって歩いてくるのは、


「あ、うちの班女子うちと花ちゃんだけなんや、よろしゅうな!」
「おん、村上さんよろしゅうな」

村上さんだ。


「あかん!あかんよ花ちゃん。うちのことは知子って呼んでーな!あ、ともちんでもええで!」


(同じクラスになってからあんま絡んだことないのに)

足が細くて、人懐っこくて、可愛い女の子。


「‥うちのことも呼び捨てでええで。ともちん」
「おおきに花ー!流石やなーそっちをチョイスするセンス、最高や」


グッと親指を立てたポーズで嬉しそうにしている。
明るくて人気者、忍足君にピッタリや。


家庭科の教師が今日作るメニューの説明を始める。
味噌汁ときんぴらゴボウと魚の煮付け。

「花頼んだなぁ。うちめっちゃ不器用やねん」
「いやいやいや、うちの料理センスの無さ、舐めたらあかんで」

きっと、ともちんのは謙遜だろう。私のはガチやけど。

「おいおい頼むで女子二人ー」

そう同じ班の男子に言われながら、調理に取り掛かった。



味噌汁と魚の煮付けは男子に任せ、私とともちんはきんぴら担当になった。

「ちょ、ゴボウの切り方まじ謎なんやけど」
「おかしいなあ、なしてこないになってしまうんやろ」

ともちんの″不器用″も、ガチやった。
大丈夫かこのきんぴら‥

「なあ花最近白石と仲良いよなぁ」

悪戦苦闘しながらなんとかそれらしく切ってたら、そんなこと言われた。

「ああ、席隣やからね」
「なんかええ感じなんちゃう?好きんなったりせえへんの?」
「はあ!?」

びっくりして手が止まる。

「あらへんあらへん。ちゅーかあのめちゃモテ番長がうち相手するわけないやろ」
「いや、実は白石ゆうほどモテてないで。うち三年間クラス一緒やから知ってんねん」


「あんな、白石イケメン過ぎてなんかもう逆に笑いの対象になってんで。うわ、かっこええマジウケるーみたいな」

‥なんやそれ。

「まあ密かに好きっちゅー子もおるんやろうけどなあ。でも彼女いた話し聞いたことあらへんで」
「へーそうなんや」

意外に思って白石を見る。
と、目があった気がしたような。‥‥ちゅーか、あかん!エプロン姿の忍足君、可愛すぎや!!白石探してたら白石と同じ班の忍足君見つけてもうた。

胸の奥がキュンキュンして痛い。

隣を見ると、ともちんも忍足君を見ていた。

「ぶっ謙也アホや。包丁さばき、速すぎやけど全然切れてへん」

ともちんは、本当に可愛い顔をして忍足君を見つめていた。
さっきまでキュンキュンで痛かった胸が、別のなにかで痛み出す。


「ともちんは、忍足君のことが好きやんなあ」

震えそうになる声を必死に抑えて、聞いてみた。聞かんくてもわかっとるのに。

「え?‥まあなぁ。ちゅーかほんまバレバレやんなぁ」

聞かなきゃ良かった。

気付いてへんの謙也のアホくらいや、そう言って恥ずかしそうに笑うともちんは、ほんま、かわええ。


大分遅かったがなんとかゴボウを切り終えて、フライパンに入れ火をつける。うわ、めっちゃ焦げ付いた!

「ちょ、なにしてんねん村上!松下!お前ら油ひいてへんやろ!」

同じ班の男子に言われて気付く。

「あー、今から入れてもええんかな」
「アホ松下。良いわけあるかい」
「あんたら花馬鹿にすんなや、凄いんやで花は。こっから挽回するっちゅーねん」
「ともちん無茶ぶり止めなさい今すぐ止めなさい」



私らよりずっと料理の上手い男子に助けられつつ、時間ギリギリで、どうにかきんぴらっぽい物が出来上がった。


昼休みになり家庭科室のテーブルを、さっきと同じ班で囲んで食べ始める。

「いやぁ、この魚の煮付け最高やな」
「いや、お前の作った味噌汁も絶品やで」

確かに美味しい。魚の煮付けと味噌汁。

「ちょっとあんたら、きんぴらも食いや」

ともちんがそう言う。いや、あんたも食べてないやろ。

「これはちょっとあかんやろ‥」
「料理がこんなに出来ひんなんて‥見損なったで村上、松下」

誰も手を付けない不格好なきんぴらを、恐る恐る口に運んだ。

「どう!?花!」
「‥‥‥あまじょっぱにがい」
「最悪やんか!!」

大声で騒いでいたからか、他の班の子達もこのテーブルに集まってくる。

「どれ食わせて‥うわ、マズ!!」
「あまじょっぱいは辛うじてわかるけど苦いってどうゆうことやねん」
「しっかし村上と松下意外な一面やな。こんなマイナスなギャップ初めて見たわ」

皆好き放題言いやがって‥

「松下さん意外と不器用なんやなあ」
「うっさいわ白石」

声を掛けてきた白石にそう返す。
あ、呼び捨てにしてもうた‥

「勉強は出来んのになあ、松下は」

あ、白石も呼び捨てや。ま、ええか。




ともちんの怒った、でも嬉しそうな声が聞こえた。忍足君にからかわれている。



ああほんま、あまじょっぱにがいわ。

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