新しい幸せ
(嘘やん‥)
朝のホームルームでは昨日の予告通り席替えが行われた。
忍足君が視界に入るところならどこでも良い。そう思っていた。別に隣とかを望んでいたんじゃない。本当に彼の後方ならどこでも良かったのだ。
なのに。
私の左斜め後ろ‥
近い‥でも見えない‥でも近い‥
別に彼が私を見るわけ無いが、たまたま視界に入れてしまう可能性もあるだろう。いやあ、緊張するわ。
上手く息が出来ない。挙動不審に見られないように精一杯平静を装う。
「おお、謙也お前俺の後ろか。あんまうるさくしたらあかんで」
「なんや白石か。よろしゅうな」
私の左隣に四天宝寺中一番の男前と名高い白石が机を移動させてきた。うわ、隣か。
目が合う。‥なんか言わないと。
「松下さん隣か。よろしゅう」
「おん。よろしゅうね白石君」
‥先に言われた。
いつもよりも緊張しながら一限の数学が始まった。
いつも見つめていた彼が視界に入らないのとすぐ後ろに彼がいるんだ、と意識してしまうのは結構なストレスだった。
久しぶりに真面目に授業を受ける。あ、ここ進研ゼミでやったところや。
いつもより体感速度がかなり遅く感じた一限がようやく終わった。
「なあ白石、あそこ分かったか?」
後ろから彼の声が聞こえて、少しだけ身構える。
「なんや謙也、自分数学得意とちゃうかった?あそこはなぁ‥」
思わず聞き耳をたてる。いや、盗み聞きはよろしくないってわかってんのやけど。
「なあ松下は分かったか?」
固まる。
い、いま何が起こったんや。忍足君が私の名前を‥名前知っててくれたんや。まあ同じクラスやし普通か。
あそこ分かった?と聞かれた気がする。わかりました。進研ゼミでやったところだったから。
あかん、黙ってたら変に思われる。もう話し掛けてくれて五秒は経過した。なんか言わんと
「あ、進研ゼミでやったところやったから」
あかんー!!なんてアホなこと言ってしまったんや‥こんなんあれやんか。漫画やんか。
「なんや、松下さんも進研ゼミやってるんか。俺もなんや」
そう話を膨らませてくれたのは白石だった。
「へー!二人とも進研ゼミやってんのか。お前ら頭ええもんな。な、なあ!あれあるんか?テスト中、『あ!ここ進研ゼミでやったところや!』てやつ」
「ああ、あるで。なあ松下さん?」
「お、おん。思わずテスト中叫んでしまいそうになるわ」
ブハッ
二人とも、吹き出した。
う、うけた‥
「なんや松下、おもろいやっちゃな」
忍足君が、笑ってくれた。てゆうか話せた。初めて。
頭がぽわぽわする。
「白石、お前中間テストでテスト中叫べや。美味しいできっと」
「それは松下さんに譲るわ。美味しいできっと」
そこから進研ゼミトークが始まり、ちょいちょい私にも話しを降ってくれる。
特に白石。天使か。
「堪忍してーな。キャラちゃうわ」
白石に感謝しつつも適当に返事をする。これは大進歩や。クラス替えして初めて忍足君と喋れたんや。奇跡や。
休み時間が終わるまで話しは続き、楽しいやら緊張するやらで心の中は大忙しだった。
チャイムが鳴り教師が入ってきて会話は終わる。
この席、最初はあかんって思ったけど大誤算や。
よく白石と喋る忍足君の声は聞こえるし、
プリントを後ろに回すとき、至近距離で前から忍足君を見ることが出来る。さっきなんか、目が合って変顔してくれた。
幸せすぎて吐きそうや。
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