僕は気付いて君は気付かない
「おい、明日席替えするでー」
帰りのSHRで担任がそう告げる。ああ、もうクラス替えして一月たつからなあ。出席番号順のこの席は、なかなか良かったのだけど。
俺の席の一つ左斜め前。松下を見ながらそう思う。
綺麗な頭の形。黒くて真っ直ぐな肩までの髪。授業中、ノートもとらんでずっとあいつを見ているあの、横顔。
大して話したこともないのにこんなに松下を目で追ってしまうのは何故だろう。
きっと、彼女が彼女の友人に話していた事を偶然聞いてからだ。
「うち教師になろっかな。そんでもっと効率良く授業を進めて生徒の成績を上げたいわ」
あの教師、無駄が多すぎや。そう友人にボヤく彼女に、俺と同じこと思ってる奴がおったんやなーと思って。いや、教師になりたいってわけじゃなくて、無駄が多すぎ効率悪すぎ俺の方が上手く進められるんとちゃうかっちゅー所への共感。
それから勝手に松下のことを一目置いていたのだ。
そんな彼女が授業中ずっと謙也を見てることに気付くのはそう時間がかからなかった。
好きなんやろうな、きっと。じゃなきゃあんなに幸せそうな顔で見てないだろう。
SHRが終わり、彼女の周りに女子がやってくる。
「なー花、席替えやって。近くになれるとええなぁ。うち花に勉強教えてもらいたいねん」
「おん。うちもあんたに勉強教えてやらな不安やわ。高校行けるんか?いや、まず卒業できるんか?」
「えー流石に卒業は大丈夫やろー。ぎむきょーいくやで。ぎむきょーいく」
ちょっと義務教育て漢字で書いてみい、と言って笑う彼女は、頭が良いらしい。
今までクラスが違ったから詳しくは知らんがテストの順位はいつもかなり上の方だと噂で聞いた。
いつもノートとらんと謙也を凝視してるのに。
席、次も松下の近くやったらええな。そう思った理由を聞かれても自分でもわからないけど。
「おい白石。はよ部活行くで」
一瞬。
彼女が謙也の声を意識したのが分かった。彼女の微かな変化に気付いてしまった自分自身に、何故か少し苛つく。
「おお。わかっとるわ」
ラケットバッグを担ぎ、謙也と部室へ向かう。
「なあ、謙也お前彼女作らへんのか?」
「はあ?なんや藪から棒に」
「いや、ほら村上とかえーんとちゃうか?仲良しやろ」
「いや村上とか俺に気いあらへんやろ。いつも馬鹿にされるし」
ほんまこいつは鈍いやっちゃな。
「まあ今はテニスでいっぱいいっぱいやからな。ちゅーか白石お前こそどうなんや。モテモテやろ」
よっ!このめちゃモテ番長!なんて言ってどついてくる。なんや腹立つわ。
「うわ、先輩ら恋バナとかしとるんやけど。きしょいっすわ」
「おいコラ財前!お前先輩を馬鹿にするのもたいがいにせえよ!」
昇降口にさしかかったあたりでダルそうに歩いていた財前と合流する。
「まあ謙也、財前は反抗期やからしゃーないわ」
「うっざ。部長うっざ」
ほんまこいつ先輩を先輩と思ってへんな。
まだ5月なのに暑い日差しが照りつける。紫外線、つよ。
部室に着き、ジャージに着替える。
さあ、もうすぐ夏だ。目指すは全国優勝。
「よーし、みんな集まりやー!練習始めんで!」
コートに出て部員に声をかける。
謙也の言う通り、まずはテニスに集中や。
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