塩素は青



炎天下。

飛び込み台から見下ろす水面のきらめきは魅惑的で、じりじり照りつけてくる太陽とは対照的な冷たい水を、渇望した。

教師の鳴らす笛の音を合図に横一列に並んだクラスメイト達と同時にプールへ飛び込む。

直ぐに待ち望んでいた冷たさが身体を包み、太陽に照らされて特に熱を持っていた頭が急激に冷える感覚に少しだけめまいがした。


(嗚呼、完璧や)

飛び込みのフォームも息継ぎのタイミングも水を掻く指先の形も、教科書通り。

こういうとき。
自分の想像通りに、理想通りに身体が動く時が、何よりも気持ち良い。

テニスも、体育のプールも、勉強も。
なんだってそうだ。

隣のコースで泳いでいる謙也は自分より少々前にいるようだ。
あーあ、初っ端からあんなに飛ばして。

(後半バテるで)

案の定、25メートルで壁を蹴り、折り返した所で謙也を抜かした。
後ろから追いかけてくる謙也をどれだけ引き離せるかに全力を尽くした。


「おーし白石、ええ感じやったで流石や」

ゴールに辿り着いた途端駆け寄って来る体育教師がそう言った。
測定はしていなかったからタイムはわからんけど、自分でもなかなかの泳ぎやったと満足する。

それからほんの少ししてゴールした、隣のコースの金髪は悔しそうに呻いた。

「くっそ〜、白石い、くっそ〜」
「こら謙也、お口が悪いで」
「あー、めっちゃ悔しい」
「それをバネに精進しいや」

ザバリとプールから同時に上がる。
冷えた体に、真夏の日差しは暖かい。

「あったかいなあ白石!」
「お、おう。そうやな謙也」
「なあ白石!」
「なんや」
「あーっと、えっと」

ストレッチを始めた俺の脇で謙也がもじもじし始める。

「あんなあ、えっとなあ、」
「なんやねん早よ言いや」

謙也は頬を赤く染めて俺に何かを言いたげで、気持ち悪い。

「俺、告るわ」
「誰に。俺にか?堪忍なお前とは付き合えんわ」
「ちゃうわ」

冴えないツッコミをいれた謙也は溜め息をついてしゃがみ込む。
何気なく女子の方を見ればすぐに視界に松下の姿が写った。
松下は怠そうに水面をチャプチャプしていて、とにかく白くて眩しかった。

「ふーん、まあ、頑張りや」
「あかん、振られたら立ち直れんわ。ほんま、あー、うわー、どないしよ白石ぃ」
「ほんまうっとうしいなお前は」
「なんでそんな冷たいん?告白の言葉一緒に考えてくれや!!」
「声デカいわ阿呆」

へたれな謙也に自分でも驚くほどイライラした。
昨日の昼休みに保健室であの子に会った。

『謙也君ておもろいよなあ』

いつにもましてぼんやりした様子の彼女は俺に謙也のことばかりを聞いてきた。

『なして謙也君、うちにこんな話し掛けてくれるんやろか』

冗談めかして、好きなんか?なんて聞けば、彼女も冗談を言うように、勘違いしてしまいそうや、と言って笑った。




「あ、帽子や」

一緒にストレッチを始めた謙也が指差した先には水泳帽子がぷかぷかと浮いていた。
誰かがプールの中に落としたようだ。

「おーいこの帽子誰のやー」

謙也が素早くプールに入り拾い上げて大声で周りに呼びかけた。

「あっ、うちのや」

頭を片手で押さえてあわて気味に駆け寄ってくる女子。
松下だった。

「おーい松下なんで帽子取れて気がつかんねん!」
「あ…すんませんおおきにな、忍足君」
「ええで!」

狼狽えながら帽子を受けとる松下は挙動不審だ。
イライラする。お前の大好きな謙也は別の女子が好きで、それももうじきうまくいってしまいそうなんやぞ。
なにをそんな帽子手渡ししてもろたぐらいで嬉しそうな顔してんねん。阿呆ちゃうか。

帽子をかぶろうとしてもなかなかうまくかぶれずにもがく松下にずかずかと近寄って帽子を思い切り引き下げる。

「むいっ」

変な声を出した松下の顔は、目が変な風にひきつり上がってバラエティー番組の罰ゲームのよう。

「はああああ!?なにすんの白石いい!!」
「手伝ってやったんや阿呆」
「なんや信じられんこんアホたれ!!」

謙也が引き気味に「お、おい、白石お前が悪いわあ、ちゃんと謝らなあかんで」と言う。
謙也に変な顔を見られたからか知らんが松下は半泣きで帽子を直しながら逃げ帰った。


あいつは、泣くんだろうか。
松下の泣き顔を想像したら、胸が痛むのと同時に心が安まるのを感じた。

「白石なんかあったん?今日特に機嫌悪いで」
「なんもないわ」

鼻に慣れた塩素の匂いと空の青が酷く目にしみて、痛い。

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