「ねえ、なんか面白い話しして」


一人暮らしの俺の部屋に彼女の沙知が泊まりに来た。
今日は珍しく二人とも休みが被り、朝早くから一緒に出掛けてとても疲れていた。
夕飯は外で済ませてきたから帰宅後すぐに順番で風呂に入り、明日はお互いに学校だから早く寝ようと同じベッドに入り、「今日は手をつないで寝ましょう」と言う沙知の提案に従って手をつないで、幸せじゃなぁ
なんて感じながら眠りにつこうとした、その時だった。


「なんじゃ急に。眠いんやけど」
「笑いたい。今すっごく笑いたい」
「おとなしく寝んしゃい」
「眠くない」
「俺は眠い」


そう冷たく返してやると、ムスーっとした顔で黙り込む。
ぎゅうと抱き枕のように抱きしめてやれば「あちい」なんて文句を言ってきたが、無視して続けていれば沙知は大人しくなった。


数分たち、抱きしめていた腕を少し緩めて、まどろみの中に落ちて行く、寸前で腕の中の沙知が小刻みに震えだした。


「‥なに」
「クックック‥ふ、は、いや気にしないで。寝なよ」

沙知は笑いをこらえてそう言った。
腕の中にいる人間が震えていて眠れるわけがないだろうが。


「ごめん、ちょっと思い出し笑い」
「キモイのお沙知は」
「うるさいよ雅治」
「で、なんなん」
「ん?なにが?」
「思い出し笑い」
「聞きたい?」

瞑っていた目を開け、腕の中にいる沙知を見ると、にやにやとした表情。


「別に」
「ふーん。ならいいよ。おやすみ」
「ん」

聞きたい、と言うのがどうも癪で興味のない風を装って再び目を閉じる。


「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「ぶっ!クック‥赤也‥ふふ」
「‥‥赤也がどうしたん」
「えーなにー?聞きたくないんでしょー」

腹立つなこいつ…

「俺は赤也の話なら全て把握していたい」
「ねー、気持ち悪いよ雅治」
「ほら、言ってみんしゃい」


眠いがそれよりも気になる。
沙知の、赤也関連の話題は今までハズレなしの、いわば″鉄板ネタ″で。


「いや、こないだね」

勿体ぶっていた癖に、沙知は意気揚々と語り出した。
本当は話したくて仕方なかったんじゃろう。


「私赤也に辞書貸したのよ電子辞書。授業で使うのに忘れたって言うからさ」
「ほぉ。お前らクラス同じじゃなかったか?」
「いや同じだけど選択で別の授業でさ、私その時必要無かったから貸してあげたんですよ」


俺より一つ下のこいつは、馬鹿同士気が合うのか赤也とかなり仲が良い。

「え、今雅治馬鹿っつった?」
「は?なんも言っとらんよ」


エスパーかこいつ…
なんか馬鹿にされた気がしたけど、と釈然としない表情で沙知は話しを続ける。


「でさー、授業終わって返ってきたのよ電子辞書。電子辞書他人に貸して、やることと言えば決まってるじゃん」
「?なんじゃそれ」
「え、雅治やらない?履歴見るでしょ、普通」
「‥あっくしゅみじゃなあ」
「普通だって」

そう沙知は言い張るが、絶対にそれは少数派だと思う。


「でね、なんかエロい言葉とか調べてないかなーって思ってたのよ、『性行』とか『乳房』とかさー」
「おま、高校生にもなってんなこと調べる奴おらんじゃろ…」
「いるかもしれないじゃん。そして赤也がそんなことしてたら超面白いじゃん」
「まあ大分面白いっちゅーかネタにできるけど、それで、どうだったん」
「それがね…」

沙知は声を潜めて真面目な顔つきになる。
なんの演出じゃそれ…


「履歴見たのよ、そしたらさ、『断罪』」
「は?」
「『煉獄』『終焉』」
「うわ…」
「『継承者』」
「ああああ見事にそれは」
「中二でしょ?」


なんて残酷なことをこいつは…!
沙知は、エロの方がまだマシだったよ…と遠い目をして言った。


「なんかいたたまれなくてさー」
「それ赤也に言ったん?」
「いや、言ってない。可哀想で」
「多分言ったらあいつ恥ずかし死ぬからやめときんしゃい」
「まあかなり笑ったけどねー」


再びクツクツと思い出し笑いを始める。
俺はなんだかいたたまれなくて笑えない。
男なら誰もが通る道じゃし…


「あれ、雅治面白くない?」
「65点」
「厳しいなー。じゃあ次はねー」


沙知は自分が笑いたかった筈なのに、俺を笑わせる事に目的をシフトしていた。


「また赤也の話しで恐縮なんですけどね、こないだメールでね、青信号の事を碧信号って書いてきた」
「ぶっ」
「赤信号は紅信号だった」


口頭では伝わりにくいので、充電中の携帯を引っ張ってきて、碧と紅をメール機能で打って見せてきた。


「黄色信号はどう書くんだろう」
「‥さあのぉ」
「雅治ちょっとあいつの黒歴史ノートかっぱらってきてよ」
「いや、先輩としてそんな酷いことはできん。俺にはできん」
「えー、良いじゃん」
「お前ん方がやりやすいじゃろ。同じクラスなんじゃし」
「いや私今あいつに警戒されてるからさー」
「赤也に何したんじゃお前さんは…」
「別に何もしてないよー?あいつ自意識過剰なんだよ」
「ほお」


本当にこいつと、赤也は仲が良いな…
なんて言うか、こう微妙な気持ちになる。
嫉妬、と言うか、俺も沙知と同じクラスになりたかったな、とか。


「雅治、あれやってよ。赤也の真似」
「えー、なんでじゃ。ちゅーか真似じゃなくてイリュージョンなんじゃけど」
「イリュージョンって言うのも良い感じに中二だよね」
「くっ…」
「ねーやってやってー見たいよー」


中二と言われた事に若干のショックを受けつつも仕方なく、言い出したら聞かない沙知のリクエストに答えようと集中する。


「ヒャーッヒャッヒャッヒャ…てめえも赤く染めてやろうかああ!!」
「ぶっ!ははははは、ひー、あはははは!!」
「んだよ笑ってんじゃねえよ沙知、潰すぞ」
「ぶっ、あはは、赤也だ!赤也がいる!」
「わっ、真田副部長‥違うんすよ!こいつがやれって」
「きゃー!真田先輩まで見える!きゃー!」
「‥くそっ、あの老け顔…!沙知!お前のせいで真田副部長に怒られちまったじゃねーか、どうしてくれんだよ!」
「うるせーよお前の自業自得だろ!つーかなんで隣で寝てんだよこの野郎!」
「‥ふう、もうええか沙知」


沙知が若干興奮気味に赤也に扮した俺に食ってかかったところでやめておく。‥口悪いなこいつ。


「すごい雅治すごい。流石!」
「喜んでもらえて何よりじゃ」
「演劇部入れば良かったのに」
「いや、俺人前で大声出すのとか苦手じゃし」
「あ、うんごめんそんなマジ解答望んでないから」
「そーか、すまん」
「雅治はテニスしてる時が一番格好良いしね」
「ぶっ、ククク、ハハハッ」
「え!?今ののどこに笑う要素あった?」
「いや、すまん。お前の顔が面白くてな」
「はあああ?」


急に真面目なトーンであんな事を言うから、照れたと言うのが本当だけど、教えてやらない。


「つーか本当似てたわー。赤也が同じベッドにいる気がして気持ち悪くなっちゃったよ」
「酷い奴じゃな、お前さんは。もっと赤也に優しくしてやりんしゃい」
「嫌だよ。‥雅治は赤也に優しいよねー」
「は?」
「付き合う前からさっ、いつも私より赤也の方を可愛がってさ」
「え?そうじゃったか?」
「そうだよ!付き合いだしてからもそうだよ!」


そう言えば、沙知が赤也の扱いを酷くしたのは、俺と付き合いだしてからの事だったかもしれない。
え?妬いてるんか?男に?
驚いたが、純粋に嬉しくて


「‥沙知こそ、赤也と仲良すぎんか?」

つい、ボソッと、言うはずでは無かった言葉を呟いてしまったら、それまで膨れていた沙知の頬が萎んで、キョトンとした顔になる。


「雅治、妬いてる?」
「‥‥‥‥‥」
「雅治ー、雅治くーん、せーんぱーい」
「‥‥妬いてる」
「うふふふふ」


沙知は心底嬉しそうな顔をして俺に抱きついてきた。
嗚呼、可愛いなあ、くそっ。


「沙知、好いとうよ」


抱きしめ返しながら、滅多に言わない言葉を囁いたら


「アッハッハッハ!!」

‥爆笑された。


「ええ!?今の笑うとこか!?」
「あ、ごめん雅治の顔が面白くて、アハハハ!!ぐ‥グハハハ、ヒー、」


よっぽど面白かったのか、随分長いこと沙知は笑った。それはもう豪快に。


「お前笑い方山賊の頭みたいじゃな」
「山賊!ブッハハハハハハ!!」

またツボに入ったのか、ゴロゴロと転げ回って、沙知はベッドから落ちた。


「ぶっ、ちょ、なにやっとん、クックク、」
「い、痛いい…フフフフフ、ハハ、」

ヒーヒー言いながら立ち上がり、再びベッドに潜り込んで来たので、落ちた時に打ったらしい背中を撫でてやる。


「雅治、好きだよ」
「ちょ、ふ、ハハッ、アッハッハッハ!!」

急に真面目な顔を作ってそう言ってきた沙知に、俺もツボに入ってしまい、笑いが止まらなくなった。
沙知も自分で言って自分で面白くなったのか、再び爆笑している。


もうこうなったら深夜のテンションで。
馬鹿みたいにお互いの一挙一動で笑いあった。
箸が転んでも可笑しい年頃とは良く言ったものだ。




本当に長い時間を経て、なんとか笑いが収まった頃には、お互いに涙で顔が濡れ、腹が痙攣していた。
時計の針は、ベッドに入った時からゆうに二周りはしている。


「はああ、なんであんなに笑ったんだろうね」
「あああ、腹痛い」
「うわ、もうこんな時間だよ明日学校なのに…」
「眠れんくなった」
「え?私眠いわ」
「俺は眠くない」
「おやすみー」
「‥こら」
「えええええ、ちょっと、止めてよどこ触ってるんですか」
「責任、とりんしゃい」
「え、ちょ、ま」






それから、ほぼ一睡も出来ずに朝がやってきて、疲れ果てた顔の沙知と清々しい顔の俺がいたのだけど、それはまた別の話し。

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