「ぐぇ」

急に腹部に圧迫感を感じて変な声が出た。
仰向けに寝転がった状態のまま目を開ける。

「まぶしっ」
「え、俺が?」

白く輝く太陽を背にしたひょろ長い男が私を見下ろしていた。今私が寝ぼけ眼なのと、逆光のおかげで表情は分からない。
白い髪の毛が、キラキラ光って綺麗…

「あんたじゃなくて」
「まじでか」
「足、どけてよ」
「ああ、すまん」
「謝るなら踏まないでよ…」

と言うか女子のお腹を踏むやつがいるか。
しかも上靴履いたまま。
ようやく足をどけた仁王にそう文句を言えば「脱げば良かったのぉ」なんて見当違いな返事。

仁王はよっこいせと私の隣に腰を下ろして持ってきていたらしいパックのコーヒー牛乳にストローを挿した。

「今授業なに」
「甘っ。え?ああ音楽じゃ」
「仁王なんで音楽さぼるの」
「群青はなんで授業さぼるん」

質問に質問で返された。
ほっ、と腹筋だけで起き上がり何て返したものかと考える。

「仁王あれでしょ。音楽教師の笑い方怖いからでしょ」
「おん。なんかラスボスみたいな笑い方するよな、あん教師」

笑いながらそう言った仁王は機嫌が良さそうで、それに少し安心した。

まるで春の様な暖かい日差しをたっぷり吸い込んだブランケットがふわふわで気持ち良い。

18回目。
良く授業をさぼる同じクラスの仁王と、それよりももっと授業をさぼる私が、屋上でこんな風に喋るようになったのは半年前の事で。
今日ので18回目。

(気持ち悪いよな…そんな数覚えてて)

数だけじゃない。
あの日は何を話したかとか
あの日はいつもと違うカーディガンを着ていたとか
あの日は缶コーヒーを持っていたとか、
それが無糖で、ブラックなんて良く飲めるなあって思った事とか

この屋上での仁王の事、全部覚えてる。



「お前さんが授業さぼるんは、友達おらんからか」

音楽教師の邪悪な笑い方の話でひとしきり盛り上がったから、その話は流れたと、流したと思っていたのに、仁王は忘れていなかった。

「え?酷くない?いるってば。友達」
「ふーん」

興味なさそうに相槌を打った仁王は、「甘い」と顔をしかめながらパックのコーヒー牛乳を啜った。

「一口。」
「は?やじゃよ」
「良いじゃん、甘いの嫌なんでしょ。貰ってあげるよ」
「え!全部持ってくつもりか!一口言ったじゃろ」

嫌がる仁王から無理矢理奪ったコーヒー牛乳に口をつける。
甘い。
美味しい。
間接キス…よっしゃ。

「友達さ、いるよ」
「そうか」
「うん」

ストローを眺めながらそう話した。

本当は、良く分からない。
友達ってなんだろう。
いるのかもしれないし、一人もいないかもしれない。

ふらふらしている私を心配してくれるクラスメイト。
良い人達。

ただ、上手く話せないんだ。
私が発した言葉で皆を困らせてはいけないから。
良く周りから、変わっていると言われる私は″空気″とやらを読むのがとてつもなく苦手だから。

授業をさぼるというか、私は休み時間をさぼりたいんだ。
そうすると必然的に授業までさぼってしまう事になってしまう私は、不器用なんだろう。

「俺が一緒にいてやろうか、休み時間」

驚いて仁王を見れば、目を細めて口端を上げて私を真っ直ぐ見ていた。

‥絶対、自分が格好良いって分かってやってるよこいつ。
内心ドキドキしながら出来るだけ普通を装って言葉を返す。

「休み時間、仁王教室いない事の方が多いじゃん」
「これからは居るようにするし」
「仁王といると目立つし」
「お前さん一人でも十分目立っとうよ」
「そんな訳ないじゃん」


良く周りが大人っぽいと称す仁王が、意外と子供っぽかったり

仁王のファンの女の子達が、冷たいって言ってるけど(それでもファンなのだ。むしろそれが良いのかもしれない)、実は優しくて面倒見が良かったり

半年前にいきなり、屋上でさぼっていた私の隣に腰を下ろして、普通に「暑いのう。うちわいるか」なんて話し掛けてきてから。

少しずつ仁王の事を知って。

(こんなの、好きになるに決まってんじゃん)

絶対に気付かれたくないけど。

毎日、今日は来るかなって期待したり、次は何話そうかってネタ探したり。

今日だって気持ち良く微睡みながら、屋上のドアが開く音に嬉しくなって、こちらに向かってくる足音にドキドキした。
‥踏まれるとは思ってなかったけど。


(女たらし…)

盗み聞いた女の子達の噂を思い出す。
「一緒にいてやろうか」なんて期待させる事を本当に軽く言いやがって。
こちとらまともな恋愛経験なんて無いのだ。
まんまと引っかかってしまうじゃないか。
屋上だけじゃなくて、教室でも、話したいに決まってる。

「仁王、騙そうとしてる」
「はあ?」
「私を陥れようとして…」
「うわー、被害妄想ー」
「だって」
「19回も通ってまだ信用ないんか」
「18回だよ」

あ、しまった。
思わず言い返してしまったが、仁王がここに来た回数を数えていた気持ち悪い事実がばれてしまったんじゃ…

「19回じゃよ」

‥あれ、て言うか。

仁王も、なんで、

「一番最初な、たまたま屋上来たら群青爆睡しとってな、俺それ一時間くらい見とった」
「は、はあああ!?」

はっ!?ちょ、まっ、ば‥

「寝言言っとった」
「‥うそん」
「ほんま。『もう食べられないよう』って」
「ぎゃああああ!!!」
「爆笑したわ。お前さんそれでも起きんかったけど。現実でそんな寝言言うやつおるんじゃって感動した。それからお前さんと話とうなった」
「死にたい…恥ずかしい…」
「あ、こら死ぬとか言うんじゃなか」

顔から火が吹く、なんて随分大袈裟な比喩表現だと思っていたけど、今たぶん私それに近い。
顔の上に卵落としたら白身ぐらい固まるんじゃないだろうか。

「そんで、沢山話すようになって、もっと、って思った。なあ」

「俺もっと群青と長いこと居たいんじゃけど」

「お前さんは?」

そんな殺し文句を吐く仁王を恐る恐る見れば、びっくりするぐらい優しい顔をしていた。

「つ、つまり仁王は私ともっと仲良くなりたいってこと!?」
「‥群青は奥手じゃのう」
「は、ちょ‥何それ」
「俺に言いたい事あるんじゃないんか?」

バレてるのか!?
言うしかないのか!?

優しい顔から意地悪い顔になった仁王に、意を決して口を開く。

「教室で一緒に居てやっても良いよ!!」
「‥ちっ、ヘタレが」

ヘタレって、何それ。
暖かい日溜まりの中に、今は冬だって事を思い出させるような冷たい風が吹いた。
火照った顔に、気持ち良い。

「私、空気読めないよ」
「俺も読めないから気にするんじゃなか」
「仁王不思議ちゃんだもんね」
「群青に言われたくなか」

仁王と私の髪が冷たい風でふわりと揺れた。

いつの間にか鳴っていたチャイムを聞いて、仁王が立ち上がる。

「ほら、教室帰ろう」
「え、何その手」
「ええから。帰るぞヘタレ」

手を引かれ私も慌てて立ち上がった。

「仁王!」
片手でブランケットを抱えて屋上を出た所で仁王の名前を呼んだ。

「なんじゃ」
「手、いつまで繋ぐんですか」
「教室まで」
「ひっ!」
「ほら大人しくしんしゃい」

まるで珍獣みたいな扱い。
一緒に森に帰ろう、みたいな。
強制連行。

「仁王」
「ん?」
「私達、友達?」
「‥まあ今はそれでええけど」
「何!?今はって何!?」
「うるさい」

18回目(19回目か‥)の収穫

コーヒー牛乳の間接キス。
教室で一緒にいる約束。
仁王の手が暖かいって事実の発覚。
友達に昇進。

次は、アドレスとかゲットしたいと思います。

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