「オサムちゃん」
「なんやー」
「うちオサムちゃんと結婚したいー」


放課後、こないだの中間テストの結果が散々だったうちは一人教室に残りオサムちゃんの補習を受けていた。

うちのクラスの理科の担当。

あーかっこええなあ。

教室の前の空いたスペースにパイプ椅子を広げてドカッと座っている。

白衣の下には何だか良くわからん柄のシャツをだらしなく着てあろうことかくわえ煙草。
いや、火は着いてへんけども。もし着いとったらえらいこっちゃ。


オサムちゃんはうちの一世一代の告白に、競馬新聞から目を離さないまま「真面目にプリントやりやー」と何でもないように受け流した。

‥一世一代、それには語弊があるか。

「こんなに愛しとんのに」
「子供が何ゆうとんねん」
「最近の中学生は進んどんねん」
「知らんわ。中学生やったら外でメンコでもやっとき」


もう何回目やろうか。
オサムちゃんへの愛の告白。


「ほら、ちゃんとプリントやりやーわからんとこあったら聞き」
「はーい」


わからんとこなんて、ないよ。

もう何度目だろうか。オサムちゃんと補習で二人きりになるんは。


オサムちゃんを、好きになったのは、ほとんど一目惚れで。

一目見てギュンってなって、見れば見るほど気になって。
話をして、力の抜けた態度にときめいて、へにゃりとした笑顔で、落ちた。

声に

背中に

手に

煙草の匂いに

たまに見せる冷たい瞳に


全部に心が震えた。
好きすぎて、いろんなところが痛んだ。


「なんや、もう出来とるやんか」
「おん」
「すぐ採点するから、待っとき」


いつの間にかうちの机をのぞき込んでいたオサムちゃんが、埋まったプリントを持って隣の席に座る。


ほんま、かっこええなあ。

「オサムはかっこええなあ」
「‥呼び捨てすんなや」
「向井理はほんま、かっこええなあ」
「あー、調子に乗ってすまんかった」

オサムちゃんは女子生徒に人気がある。
当たり前や、若くてこんなにかっこええんやし。

でも、どの女子より、うちのほうが絶対に好きや。これには自信がある。

向井理より、かっこええ。本気で思っとる。


「おお、全問正解やん。カンニングしたんかー」
「してへんわ」
「冗談や。頑張ったな。こけしやろか」

んな飴ちゃんやろか、みたいに。

「‥欲しい」
「おおよしよし待っとき、すぐ持ってくるわ」

そんな、オサムちゃんがくれるもの、いらん訳ないやん。
うちに何体こけしおると思ってんの。

「群青は出来るんやから真面目にテスト受けや」

こけしを机の上に乗せて、ポンと私の頭に手を置いた。
不意打ちに心臓が跳ねる。

知っとるくせに。

すぐに離れたオサムちゃんの手を掴んで睨みつける。


「うちが、わざと赤点取っとるの、知っとるくせに」


わかってるはずや。
他の教科は別に成績悪くないし、補習の度に告白してれば。


なのに怒らないんや。
子供の様なことしてんのに。
仕事増やしとるのに。


「群青、離しや」


全然厳しくない口調でそう言った。

相手にされとらん。
不意に視界がぼやけて、涙が溢れそうになる。
あかん、泣いたらいよいよ嫌われる。
なんて面倒くさい生徒なんや。

オサムちゃんは小さく溜め息をついた。

きつく握っていた、大好きな手を、離した。

「嫌わんといて」
「嫌いになんか、ならんよ」


好きや。好きや。


「ほな、オサムちゃん部活行かなあかんから。気い付けて帰りやー」


そう言って背を向け、教室から出て行こうとするオサムちゃんに、ほぼ衝動的に後ろから抱きついた。


「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」


な、なんて大胆なことをうちは!!


「群青」
「好きや」


オサムちゃんの匂いを一杯に吸い込んだら、ドキドキして痛かった胸が少し落ち着いた。
安心する匂い。暖かさ。


「群青、さっきから思っとったんやけどブラジャー透けとんで」
「それもわざとや」


いつもはインナー着とる。
オサムちゃんは今度は大きく溜め息をついた。


「オサムちゃん犯罪者になってまうがな」
「オサムちゃん、うちが卒業したら!そしたら、」
「18歳未満はあかんのや」


‥そんなん、あと何年あんねん。待てるけど、うちは待てるけどオサムちゃんは、


「オサムちゃんが職失って、困るんは群青やで」

「結婚してくれんやろ?旦那が無職て」


‥‥‥‥。

びっくりし過ぎて、離すもんかと思っていた手を離してしまった。

え、な、え!?


「じゃあ、窓閉めといてな」


そう言ってオサムちゃんはスルリと教室から出て行った。

か、からかわれた‥
確実に。

トボトボと開いてる窓を閉めに足を動かす。


(なんなん?ほんま、)

(いつもそうやって、)

(期待持たせるようなことをして、)

窓の桟に手を掛ける。

(諦められへんやんか。腹立つわ。)


部活中の運動部がチラホラ見えるグランドに向かって、大きく息を吸って、


「大人はずるいわー!!!」


声が少し裏返った。
ギョッとした運動部がこちらを見上げる前に素早く窓を閉めて鍵を掛ける。


「ほんま、ずるい。」

泣きそうな声で、呟いた。












テニスコートに顔を出しに行く前に、一服しようと喫煙所まで歩いていたら、群青の叫び声が聞こえた。


‥‥‥子供のほうが、ずるいっちゅーねん。


もうとうに大人になった自分にして見たら、あと三年や四年なんて、あっという間で。

でも、あいつらは違う。三年四年はとてつもなく長い時間だろう。

中学卒業して、高校入って、新しい恋をして。

賭けても良い。
そのころには忘れてる。
中学の時の理科の教師のことなんて。


ほんま、ずるいわ。


喫煙所にたどり着き、白衣のポケットから百円ライターを取り出し、ずっとくわえていてかなりしなった煙草に火を着ける。

待ち望んでいた煙を肺一杯に充満させ、名残惜しげにゆっくりと吐き出した。


「あー!オサムちゃん何サボっとんや!」


ランニングから帰ってきたテニス部の連中に見つかり声をかけられる。


「サボってへんわ。めちゃめちゃ仕事中やっちゅーねん」
「めちゃめちゃくつろいどるやん!はよ部活来てやー」
「ほんまお前等はオサムちゃん大好きやなーこけしやろか」
「いらんっちゅーねん!!」


そう言ってコートへ走って行った。

群青の姿が頭によぎる。

苦い気持ちが沸いてくるのを、再び煙を吸い込んで抑える。

あーあ、ほんまに中学生ってやつはキラキラしよって。

「ずるいなあ」

そう呟いた。

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