Sep. 月が綺麗ですね
「あれ、今日団子なんか」
テーブルのうえに商店街の和菓子屋の袋に入った団子が置いてあったから不思議に思い訪ねてみると「今日は十五夜さまだからね」と返ってきた。
そう言えば今日参謀がそんなことを言っていた気がする。たしか‥
「しゅーしゅーのめーげつ?じゃっけ?」
「中秋の名月、ね。中の秋って書いて、ちゅうしゅう」
ヤバい。恥ずかしい。
「十五夜って15日にやるもんじゃないんか?」
「旧暦の8月15日ごろやったから、十五夜って言うの。現代の9月の今日らへんね」
知らんかった‥
「聡美ちゃん博識じゃな」
「一般常識ですー」
私も小さい頃勘違いしてたけどね、と言って聡美ちゃんは笑うけど。小さい頃って。俺もう高校生なんに。
「良いお勉強になりましたね。はい、タレ出来たからお皿出してお団子盛って」
今日はベランダでお月見しながら食べよっか、という聡美ちゃんの提案にちょっと楽しくなる。
聡美ちゃんちのベランダには小さいベンチとテーブルが置いてある。
部屋の中では煙草を吸わない、彼女の喫煙所だ。
ベランダのテーブルに団子やらおかずやら並べる。
「俺ちゃんとお月見とかするの初めてじゃ」
「へー、そうなんだ。私の実家では毎年やってたよ」
実家出てからも毎年一人でやってたなあ、と言っていたから「寂しい女」と返したら睨まれた。
いや、本当はあれだ、今まで彼氏とかとはこうやって一緒にお月見とかしてなかったんだ、と思うと少し嬉しかったのだ。
「綺麗だねぇ」
「めっちゃ丸いな」
「満月なんだから当たり前でしょ」
ベランダからちょうど良い具合に見える月は、黄色くてまん丸で
普段なかなか月なんて見ることがないからかもしれんが、なんか、なんて言うかいつもの月と全然違うふうに見えた。
凄く綺麗じゃ
「なんか空に穴が空いとるようじゃ」
「面白いこと言うね。確かにそう見えるかも。神秘的だわ」
それになんか今日の月いつもより大きくて綺麗に見える、聡美ちゃんはそう言ってまた笑った。
昔の人は、アイラヴユーを月が綺麗ですね、と訳した。そんな有名な話を思い出す。
小さいベンチだからかいつもより距離の近い聡美ちゃんに、
「月が綺麗じゃな」
柄にもなく少しドキドキしながら言う。いや、別に愛してるという意味で言った訳やない。マジで。
「本当にねー」
うん。伝わってない。大丈夫。だってそういう意味で言ったんと違うし。
甘辛いタレがかかった真っ白い大きな団子を頬張る。
「うまっ」
「でしょー?あそこのお団子美味しいんだよね」
「いや、団子もじゃけどタレが。タレが旨い。タレがっこのタレがっ」
「そんなにタレタレ言わないでよ‥まあ、ありがとう。たんとおあがりよ」
婆さんみたいじゃ。
思ったけど言わない。怖いから。
また大きな団子にかぶりつく。
「もう腹いっぱいじゃ‥」
「私も‥調子乗って食べ過ぎた。苦しい」
お互いに少食なのに今日はあきらかに食べ過ぎた。
動きたくない。
「聡美ちゃん、煙草吸わんの?」
いつもは食後にこの喫煙所で一服しとんのに。
「んー?今は吸わないよ」
聡美ちゃんは俺がいるところでは煙草を吸わない。
「気ぃ使わんでもええのに」
「君はもうちょっと自分の身体に気ぃ使いなさい」
‥‥スポーツやってんだから全くそんな不健康そうな成りして。大体成長期なんだからもっと沢山ご飯食べて夜も早く寝なさいよ‥‥
小言のスイッチが入ってしまった。こうなると長い。
「ほんと心配になるくらい細いんだか「なあ聡美ちゃん」‥なに?」
割り込み成功!
「来年も一緒にお月見したい」
「そうだね。来年はススキも欲しいねー」
本当は再来年もその次もって言いたかったけど、そんな、『重い』ともとれるようなことは言えない。怖い。困られるのが。
「よーし、寒くなってきたからそろそろ片付けようか」
昼はまだまだ暑いけど、夜になるとひんやりとした風が吹く。湿気を含んだ空気は冷たく、秋の訪れを告げていた。
寒い。
最後に一目、月を見やって暖かい家の中に入る。
本当、月が綺麗じゃのう。
(おう赤也、お前さん十五夜は15日にやらないって知っとるか)
(え?知ってますよそんくらい)
(そうか、知っとるならええんじゃ。おーいマネージャー!お前さん十五夜は‥)
(なんだよぃ仁王の奴。今朝俺にも聞いてきたぜぃ)
(仁王先輩知らなかったんスかねえ)
◇◇◇◇
最後のは翌日中学の部活に顔出しにいった、という体で。
仁王がアホの子になってしまった。すみません。アホは私です。社会人になるまで知らなかったんです。
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