人生とゲーム



「はい、お待たせ」

先日購入したばかりのこたつに入って、お正月特番をぼーっと眺める雅治君の前にお雑煮を置く。

「ん、あんがと」
「甘酒あるけどやめとく?」
「ん、やめとく」
「そ」
「ん」

私も自分の分のお雑煮と甘酒を置いて雅治君の向かいに潜り込む。

「あったか〜い」
「そうじゃろそうじゃろ」

なんで雅治君が得意気なんだろう。
こたつがこの部屋にやってきてから、もうすっかり私達はこたつの虜で。
なんで今まで買わなかったんだろうってくらい。

前までは、寒いから部屋から出たくない。だったのに、今では、寒いからこたつから出たくない。になってしまった。

確実に活動範囲が狭まっている…

「聡美ちゃん、それ、本当に甘酒か?」
「え?そうだよ。なんで」

湯気をたてるマグカップを啜ってみる。
うん。美味しい甘酒だ。

「すっげえ酒の匂い」

じとりとした目の雅治君はお雑煮を食べながらそう言った。

「あー、ちょっぴりお神酒を入れすぎたかも」
「ちょっぴり?」
「ちょっぴり」

訝しげな顔をする彼にマグカップを差し出せば、くんくんと匂いを嗅いだあと一口啜った。

「熱いから気をつけて」
「〜っ!聡美ちゃんそれ飲む前に言って欲しいんやけど」
「あ、ごめんね」
「おん。あー、うん、あー、甘酒‥か?」
「甘酒だよ」
「大人の味がする」

一口で満足したらしい雅治君はマグカップを私に戻してまたお雑煮に戻る。
″大人の味″とか、この子は大人びて見える癖にたまに凄く子供っぽい。
この年の男の子なんかは、これ見よがしにお酒を飲んでみたり、煙草を吸ってみたりするものだと思っていたけど(それもある意味とても子供っぽいけども)雅治君はそう言ったことは全くしないし。
お餅を限界まで伸ばしている雅治君と目があって、吹き出してしまった。






「なあ聡美ちゃん、暇」

洗い物を済ませて、雅治君のいるこたつに再び潜り込んだら突然そんな事を言ってきた。

「えー、テレビ見てたんじゃないの?」
「つまらんし飽きた」

午前中からずっとやっているバラエティー番組に目をやれば色とりどりの袴を着た芸人が賑やかだ。

「お外で遊んできなさいよ」
「いや無理無理無理。寒い。死ぬ」

速攻でそう言った雅治君は本当にテニス部なんだろうか。

「遊ぶって、なにで」
「ちょっと待っとって」

そう言った雅治君はそそくさとこたつから這い出て、更に驚いたことに部屋から出て行き、すぐに玄関のドアの音がした。

‥あんなに寒いから外に出たくないと言っていたのに。


「ただいま」
「おかえり。何取ってきたの?」
「コレじゃコレ」

そう言って雅治君が見せてきたのは、

「すごろくじゃ」
「いやそれ人生ゲームでしょ」




◇◇◇


「ああっ!またお金がっ」

がっくりとうなだれた聡美ちゃんはもう連続三回目になる臨時出費のマスに自分の車を進めた。

「はい聡美ちゃん三万円」
「はいはい払いますよ」

聡美ちゃんが投げて寄越した三枚の札を銀行に入れる。

「つーかこれ終わらんのお」
「うん。結構掛かるね…」

人生ゲームを初めて一時間ちょい。まだ二人とも車の位置は中盤。

いつかの縁日の射的の景品だったこれの封を開けたのは今日が初めてで。こないだの大掃除で発見したとき、これは是非とも聡美ちゃんとやらなくてはと思っていたんだ。
結構白熱するし、聡美ちゃんもなんだかんだ言って楽しんでいる。
何よりこたつに入ったままぬくぬくとのんびり遊べるのがとても良い。
ボードゲームなんてやるのは本当に久しぶりだったけど。


「これ車で進むんが旅っぽくてええよなあ」
「そうだねー。マイホームも買えるけど基本車にいるもんね」
「つーか何のために買えるんかのぉ、家。そこで暮らさんのに」
「え、えーっと、あれじゃない?人生っぽさの演出じゃない?」
「なる程のぉ」
「そもそも人生のゲームってゆうのが凄いよね」
「おん。波乱万丈じゃ。俺もう子供二人おるし」
「子供のお祝い金が地味に痛い所とか、リアルだよねえ」
「聡美ちゃんはなかなか子供出来んな」
「うん。慎重だからね」

なんだか俺が考えなしに子供作ったみたいな言い方…
まあゲームなんだけども。

「あれ、次俺か?」
「うん。私さっき事故を起こして三万円払って一回休みだから雅治君二回ね」
「悲惨じゃのぉ」
「事故って三万で済めば安いものよ」

確かにそうじゃな、と相槌をうってルーレットを回す。
確かに三万円は安い。





「これって、ゴールにピッタリにならないと上がれないんだっけ…」
「え、そうなん?」
「わかんない…どうだったっけ」

あれから更に時間がたって、ようやくゴールの手前まできた。
ルーレットの数字がゴールまでより大きかったらその分戻るか否か。
俺も聡美ちゃんもわからない。

「ちょっと待っとって。電話で聞く」

携帯をポケットから取り出して、誰に聞くか少し悩む。結局アドレス帳から柳生を探して発信ボタンを押した。



「やっぱピッタリじゃなきゃあかんて」
「えー、なかなか終われないよねそれ」

3コール鳴らないうちに電話に出た柳生は、馬鹿丁寧な新年の挨拶の後、柳生家ルールではそうなりますね。と言っていた。ここは柳生家ルールに従おう。

交互にルーレットを回すが何回やってもゴールに止まらない。



先に匙を投げたのは聡美ちゃんだった。

「雅治君の勝ちで良いよう。もう」

そう言ってごろんと仰向けに横になる。

「えー聡美ちゃん酷い」
「酷くないよう。眠くなってきた…」
「俺も寝る」
「‥なんでこっちくるの」
「やって足当たるし」
「そっか」

そそくさと聡美ちゃんの横に潜り込み横になる。

ギュッと抱きしめてみれば、なにか言いたそうな顔をしたが眠気の方が勝ったんだろう。聡美ちゃんは目を閉じた。

「なあ聡美ちゃん」
「ん?」
「人生ゲームのゴールって変じゃよな」
「なんで?」
「金で勝敗が決まる」
「‥ああ、そうだね」
「本当の人生のゴールって勝敗は何で決まるんじゃろう」

聡美ちゃんは眠そうで、聞いてるんだか聞いてないんだか。

「‥勝敗とか、ないでしょう」
「ないかのぉ」
「もしも、人生が終わった時に優劣をつけるんだとしたら、どれだけ幸せに生きたか、じゃないの…眠い」
「ん、寝てええよ。俺も寝る」
「うん」

聡美ちゃんはもぞもぞと寝返りをうって俺の胸に顔をうずめた。

「聡美ちゃん今幸せ?」

不意にそんな事を思いついたと同時に口から出してしまった。

「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」

寝たか。そう思って俺も目を閉じた、その時。

「幸せだよ」

驚いて目を開けて下を見れば、聡美ちゃんのつむじが見えた。

(俺ん方が、幸せです)

心の中で、そう呟いた。

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