後日談という名の最終話



暑さとだるさで目が覚めた。

閉まりっぱなしのカーテンの隙間から容赦なく初夏の日差しが入り込んでくる。

少し寝過ぎたな…

時計を見れば12時を回っていた。
もうすぐ彼が、帰ってくる。



あの、冬の日。
大雪が降って、積もって、溶けて
私が雅治君に格好悪い姿をさらして
雅治君がそれを嬉しそうに受け止めてくれた、あの冬の日からもう半年。
もう直ぐ私達の敵とも言える夏がやってくる。


あれから。あの、雅治君に漸く気持ちを伝えた日のあれから。
なんていうか互いに雰囲気に飲まれてしまって、キスがどんどん深くなってきた時に雅治君のお腹が鳴って、気まずげに顔を逸らす雅治君に笑ってしまって。
ありあわせでご飯を作ってあげて、作ってる最中もずっと雅治君は私の背中にべったりくっついていて。
出来上がったお好み焼きを美味しそうに食べる雅治君に、ご飯ちゃんと食べてた?と聞けば話を逸らされて、良くみればあきらかに痩せ細っていて(それについて怒るのは仕方がなかったと思う。)


それから半年。

関係は変わったけど、具体的に変わった所なんかはあんまりなくて。
朝雅治君の部屋に起こしに行くとそのままベッドに引きずり込まれるようになったり(雅治君の寝坊はまた再開してしまったのだ。)たまに夜そのまま私の部屋に泊まっていったり。それくらいの変化。


顔を洗って歯を磨く。
珈琲を淹れて、冷ましながら飲む。
お昼ご飯の用意をしなくちゃ。なにか冷たくてツルッとしたもの。

もう彼の部活が終わった頃だ。
暑さに弱い雅治君は、きっと死にそうになりながら部屋に入ってくるだろう。
そんな予想を立てた、その時。実にタイミング良く玄関のドアが開いた。

「ただいまあああつかれたあああ」
「お帰りなさい。お疲れ様。シャワー浴びたら?」
「ん、そーする」

怠そうに靴を脱いで洗面所に向かう雅治君。

「なあ聡美ちゃん、今の新婚みたいじゃな」

すれ違いざまにそう言った雅治君に、子供が何言ってんのよと呆れ気味に返す。

愛しい、日常と雅治君。

あの時、幸せにすると、私は言った。
雅治君はそれを良く覚えていて、ことあるごとに聡美ちゃん男前じゃった、と言う。

この半年、雅治君はいつも幸せそうで、それを見ると私まで幸せで。

そんな相乗効果を思い知って、人を幸せにすることがそんなに単純なものではないんだと気が付いて、また世界は広がる。


「あああ、サッパリしたー」
「ちょっと、服着ないのは別に良いけどちゃんと身体拭いてから出てよ」

パンツだけはいた雅治君は身体も髪もびしょびしょで。

水滴の滴る髪をバスタオルで拭いてあげると雅治君の薄い身体が私を包み込む。

「ちょっと、やめてよ私まで濡れるってゆうか生温くて気持ち悪い!」
「聡美ちゃんは酷いと思うなり」
「濡れてる雅治君が悪いんだってば」




お昼ご飯に冷やしうどんを作った。手伝いを申し出てくれた服を着た雅治君に薬味を切ってもらう。


「あ、雅治君。これも切って」
「んー、桃?」
「うん。昨日買ったの。デザートです」
「桃ってどうやって切ったらええん?」
「こう、種から削ぐような感じで」
「うわ、むず!」
「上手上手。頑張って」



雅治君は器用で物分かりも良いから、料理を教えがいがある。
薄い桃色の皮を剥く手付きはまだ少し危なっかしいけど。



「聡美ちゃん、あーん」
「え、まだ良いのに」
「ええから、ほら」

雅治君の指から一口サイズに切られた桃の果肉を口に入れられる。
途端に瑞々しい甘さが広がって顔が緩む。

「美味しい」
「ん、美味いな」

隣を見れば切りながら口をもぐもぐさせてる雅治君。

「雅治君、もういっこ」
「え、デザートにするんじゃろ」
「うううん我慢しますよ」
「なんか桃って苦味あるよな」
「え?ああちょっと独特の渋みがあるよね。甘すぎないでそこも好きだけど」
「んー、俺もそこ好きじゃ」


雅治君は私が気に入っているガラス製の透明な器に桃を盛って、冷蔵庫にしまってくれた。
うどんを茹でるために沸かした大きな鍋が湯気を立てるのを寄り添いながら眺めた。
タイマーが鳴り雅治君に麺をあげてもらう。



「聡美ちゃん、麺、冷やすのこんくらいでええ?」
「うん。もういいよ」


トレーに二人分のうどん。食後には冷やした桃もある。

休日を一緒に過ごせるのは珍しい。のんびりお昼ごはんを食べて、この贅沢な午後を精一杯楽しもう。


「聡美ちゃん、なに笑っとるん」
「ん?別に」
「ふーん」
「ふふふー」
「うわ、上機嫌…」
「うわってなによ」
「すいませんでした」
「怒ってないし」


私は欲しいものを欲しくない振りをするのが上手な子供だった。頑なに、自分の気持ちを見ない振りをしていたころ。
大人でいなくてはと、自分に言い聞かせて格好つけて。

そんな性格が雅治君と付き合って変わっただなんて事はやっぱりなくて。
甘え上手な彼から学ぶことは多いけど、やっぱり私は私で、大人ぶりたがりの格好付けで。

でも、そんな私を好いてくれている彼がいるから。
前よりずっと幸せで、きっと未来はもっと幸せなんだ。








おねえさんとにおうくん(完)2012.3.11




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