うどん、こたつ、デート



「寒か…」

そう言ってソファーの上で体育座りをする雅治君を、昼ご飯のけんちんうどんを作りながら横目で見る。

日曜日。珍しく午前中で部活が終わった彼が「ただいま!」と言って部屋に駆け込んで来たのが10分前。

嫌がる彼に手洗いうがいをさせて(蛇口からなかなかお湯が出なくて絶望的な顔をしていた)
部屋着に着替えて、その上に誕生日にプレゼントした着る毛布を纏った雅治君はそれからずっとああして丸くなっている。

彼が帰ってきた時にエアコンは付けてあげたけど、なかなか暖まらない。

確かに今日は寒い。今年一番の寒さ、朝の天気予報はそう告げていた。


「ほら、おまたせ。食べよう」
「ん、寒い。死ぬ」

もそもそと動き出してテーブルの上を片付けてくれた。

「いただきます」
「いただきまーす」

手を合わせ、声を合わせて食べ始めた。

「‥あ〜、あ〜」
「何よ」
「あったかい!美味い!生き返る!」
「どうも。あ、ほら七味あるよ」
「ん。‥聡美ちゃんかけすぎじゃなか?」
「いや寒いからさ、あ。鼻水出る」
「あったかいもん食うとでるよな。不思議じゃ」
「ああ、あれは、湯気の水分が鼻に入るのと、暖かい物を食べた時の口の中の刺激で出るらしいよ」
「ふーん、何でそんな事知っとるん?」
「小学生の時調べたんだよね。自由研究で」
「うわあ…」

うわあ、て何なんだろう。
先生から絶賛されたのに。
鼻をかんでからまた食べ始める。

「げ。七味入れすぎた…」
「ねえ雅治君」
「んー?」

辛い、でも美味い、とうどんをズルズル啜っている雅治君に、少し前から考えていた事を

「こたつ、買おうと思うんだけど」

そう告げれば、彼は食べるのを中断させて顔を上げた。
少し驚いた様な顔をしてから、すぐに嬉しそうな声を上げた。

「いつ?いつ買うん?今日?」
「え?ああ今日にでも見てこようかな」
「やったあああ!!」

物凄く喜んでくれた。
今までそんなに寒い思いをさせてしまっていたんだろうか。
申し訳ないな…

このアパートは古いからかエアコンの効きが悪いし、電気代はかかるし。
ストーブにしたって灯油を買うのは大変だし。

「じゃあ、食べ終わったらすぐ行ってくるね」
「聡美ちゃん!俺も行く!」
「え、そう?」
「おん。ニトリ行ってみたかったんじゃ」
「じゃあ一緒に行こうか」


食器を片付けて、コートを羽織ったところで着替えに一旦帰った雅治君が戻ってきた。

「聡美ちゃん、行ける?」
「‥‥‥‥」
「聡美ちゃん?」
「え、ああ、行けるよ」

見惚れた、と言うか。
私服姿を目にしたのは初めてではないけど、やっぱり、改めて、とても格好良い。

鞄を持って、自分もブーツを履く。

「聡美ちゃん、俺の財布とケータイ入れさせて」
「いいよ。はい」

財布とケータイを入れ、そのまま雅治君は私の鞄を持ってくれた。
一緒に外へ出て、部屋の鍵を閉める私を待つ雅治君をチラりと見る。

(おしゃれさん…)

なんていうか、高校生特有の、頑張りました!っていう雰囲気がまるで無い。

「雅治君はおしゃれさんだね」
「そーか?聡美ちゃんの方がおしゃれさんでかわええよ」
「‥お姉さんが何でも買ってあげる」
「聡美ちゃん!?可笑しくなったんか?大丈夫か?」

‥本当に一瞬、変な気持ちになってしまった。
気を取り直して歩き出す。

「さむっ」
「本当にねえ。まだ日は出てるのに。あ、手袋してくれば良かった…」
「‥取りに帰るか?」
「んー、大丈夫」
「そーか」
「え?ちょっと」

手を、絡めてきた。
動揺して隣を見上げれば、知らん顔。

「‥雅治君手、冷たい」
「聡美ちゃんも冷たか」
「あ、だんだん温まってきた」
「ん」

振りほどけなかった。
振りほどきたくなかった。

少し前とは、やっぱり少し変わってしまっているんだ。

私も、雅治君も。


隣町の家具屋にたどり着き、ずっと繋いでいた手はどちらからともなく離れた。
広い店内を物珍しそうにキョロキョロと眺める雅治君を、大々的に設けられているこたつコーナーへと引っ張った。

「わぁ、一杯あるねえ」
「ぉおおお」

大きい物、小さい物、変わった形の物と、とにかく沢山の種類があった。

「一番小さいので良いんだよね」
「まあ部屋狭いしのぉ」
「あ、これ安い。布団とか全部セットで結構可愛いし」
「へー、こたつって結構安いんじゃな」
「本当だね」

雅治君は急にお試し用に設置してあったこたつへブーツを脱いでいそいそと入りだした。

「ちょっと、何やってんの…」
「じゃってご自由にどうぞて書いてあった」
「それはそうだけど、こんなに大きいやつ買わないよ」
「入るだけじゃ。聡美ちゃんも」

少し抵抗はあったけど、もうここで温まっていくつもりでくつろぎだした彼にならって私もブーツを脱いで彼の物と一緒に揃えてこたつに入った。

「‥あったかい」
「な?」
「雅治君、あの小さいやつ布団の柄どれが良い?」
「白地でドットのやつ」
「あ、良いね。じゃああれにしようか」
「みかん食いたか」
「そうだねー。こたつ届いたら買ってくるよ」
「なあ聡美ちゃん」
「なあに?」
「デートみたいじゃな」

にこにこと、本当に嬉しそうに雅治君はそう言った。

‥何て、顔するんだ、この子は。

「あははっ、お試し用のこたつでくつろぎながら何馬鹿な事言ってんのよ」

じゃあ注文してくるから、早く出なさいよ。そう言ってその場を離れて店員を探しながらため息をつく。

‥‥‥びっくりした。良かった、ちゃんと余裕のある対応が出来た。
本当に、良かった。

近頃、私は彼の気持ちに答えそうに、なってしまうから。
それは、駄目だから。

「あ、すみません。あのこたつの一番小さいやつ…」
「あ、はい。あちらですね」
「あ」
「はい?」

店員を見つけ話し掛けてから、気付く。

(お財布…!鞄…!)

雅治君が持ってくれていて、そのままだ。

‥参ったな、めちゃくちゃ動揺しているじゃないか。






***

「わあ、もう暗くなってるね」
「そうじゃな。寒い…」

お店を出れば、まだ早い時間なのに大分暗い。

「こたつ楽しみだねー。明日届くよ」
「そうじゃなー。こたつで寝てええ?」
「駄目。風邪引く」
「引かんよ」
「引くの」
「あ、イルミネーション」
「話しそらさない、ってうわ。すごい」

思わず足を止めた。
大掛かりなクリスマスのイルミネーションがキラキラと街を彩っている。

「きれーじゃのぉ」
「本当。凄い綺麗」
「聡美ちゃん、目がキラキラしとる」
「‥そう」
「ん。綺麗じゃー」
「‥‥‥‥」

わざと恥ずかしい事言ってるんだろうかこの男の子は。

何かが癪に障って。

「聡美ちゃん、クリスマスは鶏肉食いたい」
「随分アバウトだね…鶏肉って」
「なんかほら、焼いたやつ」
「うん。言いたい事は分かるよ。そうだね、あれ作るよ」
「やった。ちゅーか寒いなマジで」

雅治君は、はあああ、と息を手に吹きかけてそう言った。

「本当、寒いね」
「聡美ちゃん!?」

手を、絡めた。
今度は私から。

「ほら、そろそろ帰ろう」
「‥‥っ、えっと、はい」


顔を少し赤くした彼を見て、嬉しく思ったのは絶対に内緒。

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