大切な人、特別な日



「うわ…」

会社のお昼休憩中にプライベート用の手帳を開いて、思わず呻く。

「聡美さんどーしたんすか?」

今年の4月に入職した、敬語が微妙に使えないけど素直で可愛い後輩の彩ちゃんがそう訪ねてきた。

「いやちょっとね、知り合いの誕生日忘れてて」
「へー、今日なんすか?」
「うん。なにも用意してないや…」
「聡美さん!男っすか!?」
「うーん、どうかなー」

目を輝かせて興奮気味な茶髪の巻き髪が可愛い後輩の質問を曖昧に濁す。

「何、中谷彼氏出来たの」

ちょうど休憩室に入ってきた先輩の高橋さんが会話に混ざる。

「あ、高橋さんお疲れーっす」
「彩ちゃん、高橋さんだから良いけど、他の上司には、『お疲れさまです』だよ」
「そうだぞ、他の先輩達にはちゃんとしろよ‥ってオイ!!」
「うっわあ、高橋さんテンション高いっすねー」
「お前さあ、はあ、もう良いよ」
「何すか何なんすか!?」

新人トリオ、社内でそう呼ぶ人が何気に多い私達は年が近いからか割と仲が良い。
彩ちゃんと高橋さんが楽しそうだけどグダグダな会話を繰り広げているのをぼんやりと聞きながら、今朝のことを思い出す。

(雅治君、普通だったなあ)

私は全く覚えていなかったのだけど、彼も別にそれを気にする素振りなんて見せなかったし、本当にいつも通りで。

手帳の12月のページの4日のマスに、『雅治君誕生日』と小さく書き込んだのは確か春先のこと。
テレビの星座占いで、結果が12位で落ち込んでいた射手座の彼に12月4日が誕生日だと聞いて、後から忘れないように手帳に書いたんだ。‥まあ、忘れていたのだけど。

「あーもう中谷!!マジでこの後輩ウザいんだけど!」
「聡美さん、これイジメじゃないっすか!?この先輩マジ酷い!!」

軽く言い合いになっていたらしい彩ちゃんと高橋さんがそんな事を言ってくる。
前後の会話、聞いてなかった…

「高橋さん、駄目ですよ後輩イジメたら」

取りあえず笑顔を作り模範解答であろう答えを返す。

「‥お前も大概酷いよな。こいつ入ってから特に」
「あ、そーだ聡美さん、今日誕生日なその″知り合い″は、男なんすか?彼氏?」
「あははっ、そんなんじゃないよお」

彼氏なんかじゃない。彼氏とか、そんなものよりも、ずっと

「まあ大切な人だけどね」

ついそんな事を言ってしまったら、二人は少しの間黙ってから、彩ちゃんは「フウウウウ!!」なんて囃すような声をあげ、高橋さんは「うわあ」とか何とか呟いて微妙な顔をした。
‥失言。恥ずかしい。

「駄目っすよ聡美さん、大切な人の誕生日忘れちゃあ」
「あー、うん。そうだね。プレゼントとかどうしよう…」
「気持ちっすよ!気持ちが大事っすよ!」
「中谷さ、結婚とかどうなの」
「は?いやそんな関係ではないですから」
「寿退社とかさー、やめろよな!お前居なくなったらマジどうしていいか」
「しませんってば。仮に結婚したとしても仕事辞めませんってば」
「ああー、聡美さん絶対寿退社とかしなさそう」
「そう。だから、末永くよろしくお願いしますね、高橋さん」
「ええ!聡美さん私は!?」
「彩ちゃんも」
「聡美さん!!」

人情深くて面白い後輩は、感極まって潤んだ目をぱちぱちさせた。バサバサな睫毛が大迫力。

「これあげます!!」

ゴソゴソと鞄を漁って彩ちゃんが取り出したのは

「お前なんでこんなもん持ち歩いてんだよ…」

カラフルな円錐形のそれは

「クラッカー?」

‥鳴らせば良いのかしら?部屋に入ってきた彼に向かって?
所謂パーティーグッズのクラッカー。
お礼を言ってそれを受け取り、バッグに仕舞った。

気持ちが大事、か。
今日の夕飯はいつもより豪華にしてあげよう。彼の好きな物を沢山。
そして、おめでとうを、心を込めて言ってあげよう。






◇◇◇◇

バンッ!!

そんな大きな音と共に、紙テープが顔にかかり、微かな火薬の匂いが鼻をかすめる。

部活が終わって、後片付けを命じられ、渋々それを済ませて部室の扉を開けた時のこと。

「仁王、誕生日おめでとー!!」

大勢の部員が発射した後のクラッカーを片手に持ち、声を揃えてそう言った。

「あ、どうも」

極めて普通にそう返したら物凄いブーイングが起こった。

「なんだよそのリアクション!やり直せよ!!」
「いや、一人で片付けろって言われた時点で薄々分かっとったし」
「あーもう誰だよぃこんなオーソドックスなやり方提案した奴!!」
「ブン太、お前だ」
「やっぱ帰り道待ち伏せして拉致った方が良かったかな」
「精市、本気でやりそうだな」
「俺は何時でも本気だよ」

テニス部恒例の誕生日の祝い。
他の部員達の時は俺も一緒になって驚かすのだけど、自分の時は出来るだけ驚きたくないので部室のドアを開ける時覚悟していたら案の定。
‥帰り道待ち伏せされていたら確実に驚いていただろうけども。

「ほらよ、コーヒーゼリー。サイゼのやつ無理言ってテイクアウトしてきたんだぜ」
「おおおお、サイゼのか!?」
「お前ケーキ喜ばないからなー」

部活終了後、ジャッカルがひとっ走りして買ってきたらしい。
礼を言いバニラアイスが乗ったそれを受け取って、皆が注目する中、一気にかっこんだ。

「おま、もうちょっと味わって食えよなー」
「冷たっ!ごちそうさん」

空になった容器をゴミ箱に投げ入れる。
いつも乱雑に大量の物が置かれているテーブルは整理され、ファミレスでテイクアウトしてきたらしいオードブルが並んでいた。
こんなにスペース広かったんか、このテーブル。

「よし、食おうぜぃ!」

早く食べたくてそわそわしていた丸井がそう言う。
真田はさっきから怖い顔をして何かを堪えている。きっとクソ真面目なこいつは部室でこんなに堂々と物を食べるのを注意したくて仕方ないんだ。

「俺は気持ちだけ貰っとくナリ」
「食べないのか?」
「夕飯が食えんくなるからのぉ」

そう答えれば皆何かを察したように「ああ〜」なんて言ってニヤニヤしだす。
聡美ちゃんの事を詳しく知っているのは丸井だけだけども。
皆薄々わかっとる。

何で、急に昼飯をちゃんと食うようになったのかとか

何で、毎日朝練に遅れず来るようになったのかとか

何で、ここ最近彼女を作らないのかとか


少し照れくさかったが、ここでからかわれたらたまったもんじゃないから飄々とした笑みを浮かべた。

「ほら真田、肉があるぞ。はよ食わんとブンちゃんに全部持ってかれるナリ」
「む、そ、そうだな」




大騒ぎで食い始めたあいつらに見送られ、部室を後にした。
天気が良い分、冬独特の身を裂くような寒さに震える。

首に巻き付けたマフラーを口元まで引っ張っていつもよりも背を丸めて
一人帰路に着きながら、考える。

(誕生日か)

何時もより少し遅い時間。
何時もより大分多い荷物。

立海に入ってからと言うもの、毎年誕生日は賑やかに祝われる。
名前も知らない女子生徒達から無理やりプレゼントを渡される。

(なんだかのぉ)

嬉しくない事は、決してないのだが。
実際さっきのテニス部の連中のしてくれたことは嬉しかった。
甘すぎてケーキを一つ食べきる事が出来ない俺のためにわざわざコーヒーゼリーを用意してくれたり、あの真田が頑張って空気を読んでくれたり。

ただ、何というか置いてきぼりな感覚があるんだ。
もっと小さい子供の頃から。
誕生日には毎年。

自分が産まれた日の、どこが″特別″なのかと。


最寄り駅で電車を降りてからは自然と歩幅は広くなり、足を動かすペースも速まる。

(聡美ちゃんもう帰っとるかな)

早く会いたい。
そんな事を、聡美ちゃんと一緒に居ないときはずっと思っている自分に少し呆れる。
どれだけ好きなんだ、と。

聡美ちゃんは俺の誕生日を知らない筈だから、今日は特別じゃない普通の日。
そんな普通の日が、幸せなんだ。

早く帰りたい。

寒いし、会いたい。



漸くアパートへ着いて、築うん十年のアパートの踏みつける度に小さな悲鳴をあげる階段をゆっくりと上る。

両手に持つ荷物を聡美ちゃんの部屋の手前にある俺の部屋に置いてから、聡美ちゃんの部屋の鍵を取り出し、鍵口に差し込み扉を開いた、その時。

パンッ!!

「うわぁああ!!」

大声を出して数歩後ろに下がる。
何が起きたのか一瞬理解できなかった。

顔にかかる紙テープと火薬の匂いが、完全にデジャヴ。

「聡美ちゃん?」
「うわあ、案外大きい音出るんだね…あ、おかえりなさい」
「た、ただいま…え、なに?」

呆然としながら中に入り込んで鍵を閉める。

「雅治君、誕生日おめでとう」

‥え、何で知って…

「まあまあお入りくださいよ、お誕生日様」

そう促され何時もの部屋に入るとテーブルの上にはずらりと豪華な夕飯。

ちらし寿司にハンバーグにコロッケ…
俺の好きなものばかり。サラダにもパッと見た感じ、俺が苦手な野菜は入ってないっぽい。

「聡美ちゃん、なんで」
「え!?今日誕生日だったよね!?」
「そうじゃけど、何で知って…」

聡美ちゃんは少し驚いた様に目をパチパチさせた。
‥その表情、かわええ。

「だって、春頃教えてくれたでしょ?」
「え、そうじゃったっけ」
「うん。占い見ながら」

全然ピンとこない俺は、おぼろげな記憶を辿る。

「‥射手座12位だった時…?」
「うん。そう」
「俺、言ったっけ?」
「うん。教えてくれたよ?」

そう言われれば、そうだった気もする。
て言うか、

「よっく覚えとるなぁ、そんなん」
「ええ?覚えてるに決まってるじゃない」

ニコニコと完璧な笑顔を作った聡美ちゃんはそう言った。

「忘れるわけないでしょー?さ、食べよう。あ、先に着替えてくる?」
「おん、そうする」

部屋着のスエットを掴み、洗面所へ向かった。

パタン、音を立てて洗面所の扉が閉まったところで

「〜〜〜〜っ!」

ズルズルと扉を背に座り込み、頭を抱える。

こう、上手く言葉に出来ないような気持ち。
だって、さっきまで誕生日が特別な日だなんて思ってなかった。

それが、こんなに、嬉しいなんて…

頬が緩むのを必死で抑える。

だって、俺が帰るまで玄関でクラッカー持って待機してたとか

(かわいすぎる…)

もそもそと着替えて部屋に戻れば聡美ちゃんはテーブルに着いてお茶を淹れていた。

「お待たせ」
「うん。食べよう」
「「いただきます」」

暖かい、幸せの味がした。

「美味かったー」

食後に聡美ちゃんが淹れてくれたコーヒーを啜りながらのんびりする。

「雅治君の好きなものばっかりにしたからねー。ハンバーグとコロッケでメインが二つだし」
「毎日こんなんがええ」
「だーめ。誕生日だから、特別なんだよー」

特別、か。

「それにしても本当に子供舌だよね、甘いのは苦手なのに。はい、これデザート」
「ん、ありがと。‥アイス?」
「うん。簡単で申し訳ないけど、フローズンヨーグルト。あんまり甘くないよ」

透明なガラス製の容器に盛られたそれをスプーンで掬い、口に運ぶ。

「うまっ!!」
「ふふ、ありがとう」

料理を誉めるバリエーションが本当に嫌になるぐらい少ない。
そんな俺のいつも通りの言葉に聡美ちゃんはいつも通り嬉しそうに笑ってありがとうと言う。

嗚呼、好き、好き、好き

今抱き付いても良いじゃろうか。
そんな事を考えていたら

「ねえ、雅治君」
「ん?」

聡美ちゃんは、座りながらこちらに身体ごと向けて、笑う。

「産まれてきてくれて、ありがとう」


誕生日は特別。

その意味が、分かった気がした。

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