再び日常



どこまで触れて良いか、

それがここ数日、聡美ちゃんが泣きじゃくって俺がそれを抱き締めて、聡美ちゃんが俺の背中に腕を回してくれた、次の日に自分ルール変えてからの悩み。

「聡美ちゃーん、今日飯何?」

キッチンに立つ彼女の腰に手を回して俺の身体で聡美ちゃんの小さな背中を覆う。

「あー、もう危ないから離してよ」
「やじゃ。寒い」
「もおおお!」
「飯何ー?」
「おでん!暖房付けて良いからさあ、」
「牛スジ入れる?」
「入れるよ。ほら離れて暖房付けて」
「玉子は?」
「入れるよ。一人一個ね」
「えー」
「コレステロールが高いから卵は一日一個までなの。ほら離しなさいってば」

聡美ちゃんは、聡美ちゃんに抱きつきながら暖を取る俺をそろそろ本気で怒り出しそうだ。
確かに包丁持ってるときは危ないから、といつも言われる。
‥危なくなかったら、ええんじゃろうか。
そんなこと、聞けんけど。

「聡美ちゃん、でも暖房付けたら聡美ちゃんのお肌が乾燥してしま」
「お気遣いありがとう。でも私のことは気にしないで雅治君」

包丁を持った聡美ちゃんは俺の言葉を遮ってゆっくりとこちらを振り向き、笑顔でそう言った。
‥目が笑ってない。

しぶしぶ聡美ちゃんから離れて暖房を付けに行く。

「だって毎晩本気でお肌トラブル気にしながらパックとかしとるから…」
「何か言った?」
「言っとらん!」

半ば独り言のようなぼやきを聞き取った聡美ちゃんは少し不機嫌。



″自分ルール″

今までのそれは、聡美ちゃんには不用意に触らない、と言うもので。

彼女の爪の手入れをしてあげる時とか、本当にそれくらい。

彼女も、俺に触ってきたりとかはあんまりなかった。たまに頭を撫でられるくらい。


だけども俺は、こないだの事があってから我慢するのを、止めた。

まあ100%止めてしまったらそれは只の野獣になってしまうから、ほどほどのところで。
嫌われない程度に。

その加減を、間違えさえしなければ、それは本当に素晴らしい事だった。

柔らかくて、暖かくて、良い匂い。

まるで母親に甘えているような感じ。
親離れが早かった俺にしたらその感覚は少し恥ずかしいけど嬉しくて。


暖房を付けて暖まった室内でゴロリとソファに寝そべる。

ただ、線引きを守るのは、容易では無い。

柔らかさが、暖かさが、匂いが。
全部が欲望に繋がる。
本気を出せば、できるし。
抵抗なんて、簡単に押しのけられる。

聡美ちゃんは、あんなに細くて非力なんだから。

(盛りのついた男子高校生を、ここまで我慢させる聡美ちゃんは、鬼畜じゃ)

絶対に俺が、信頼を裏切れない事をきっと彼女は知っている。

(そしてあんなに触って尚理性を手放さない俺は凄い…)

それを人はヘタレと言う。
理性を″手放さない″んじゃなくて、″手放せない″んだ。

一番怖いのが、嫌われる事。


「雅治君、ご飯よそってー」

キッチンの方から聡美ちゃんの声が聞こえた。
思考を一旦中止して、ゴロゴロしていた身体を起こす。

「わかったナリ」



キノコの炊き込みご飯とおでんとキャベツのコールスロー。
トレーに二人分よそったものを載せていつものテーブルまで運ぶ。

「いただきまーす」
「いただきます」

相変わらず美味い。

「聡美ちゃん、美味い」
「ありがとー。あ、今日あの映画テレビでやるって!」
「ああ、見たいって言っとったやつ」
「九時からこれで良い?」
「ん、ええよ」

暖かい、食卓に、暖かい日常。
壊したくないし、聡美ちゃんだってそう思ってる筈。

その為には、隠す。

演じ続けるさ、可愛い弟役を。

ドロドロの本心は、隠して。




「雅治君始まっちゃうよ」

飯を食い終わって後片付けを済ませて、先に風呂に入り、映画を見たら後は寝るだけの装いの聡美ちゃんは、風呂から上がった俺を急かした。

「電気消すか?」
「うん、お願い」

明かりを消して、床に座る彼女の後ろに入り込む。

「え!ちょっと!」

後ろから抱き付くように座り込んだ俺に嫌そうな声をあげた。

「ええじゃん。湯冷めしちゃうし。ほら始まる」
「‥もう」


去年話題になった、アメリカのSF映画は、壊滅的につまらなかった。

中盤に差し掛かったあたりで俺は見ることを諦めた。話しに着いていけない。

聡美ちゃんを抱き締める腕を少し強める、が反応が無い。

「聡美ちゃん?」
「‥‥‥‥」

ヒョイと顔を覗き込めば、

「寝てる…」

よっぽどつまらなかったんだろう。
深い眠りに付いているらしいところから、随分前から寝ていたのかもしれない。

白いほっぺた。瞑った瞼に長い睫毛。
耳をすませば微かに聞こえる寝息。

(くっそ無防備…)

無意識にため息をついた。

彼女の髪の毛を一掬いしてそれに唇を落としたら、切なさが増した。


お腹に暖かい聡美ちゃんの体温を感じながら、わけのわからんSF映画に目を戻す。

主人公がヒロインとパニック状態の街を手をつなぎ走っている。

一体どうしてこんな状態になってしまっているんだろうか。

取り敢えずは、映画に集中しよう。
変な気をおこさないように。
そして終わったら彼女を起こして言ってやるのだ。

後半が超面白かった、と。

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