彼と私の関係



アパートから最寄りの駅で、雅治君を見かけた。

珍しい。

いつもは大体私の方が帰るのが早くて、雅治君がそれよりも30分くらい遅い。
まあその時間が伸びたり縮まったり、私の方が遅い時だってしばしばあるけれども。
それでも駅で一緒になるのは初めてだ。

声を掛けようか、迷った。
あまり外で一緒に歩きたくないけど、行く方向は同じなのだからそのうち気付かれるだろうし、
そう悩みながら少し離れた所にいる雅治君を見やる。

(やっぱり格好良い子だなあ)

目立っている。凄く。
殆どのすれ違う女性はさり気なく彼を見ているし、少し遠くから彼を見て騒いでいる女子高生の集団も見える。

雅治君はそれらを全く気にしていない風に、気怠げに歩いている。

(猫背‥)

でもそれすら彼の雰囲気にぴったりと合っている。

(うちにいるときとは、違う顔)

まあ誰でも外で、しかも一人でいるときと家で家族(私と雅治君は違うけれども)といるときとでは違うだろうけど。

安心して緩みきった顔を見せてくれる私の知っている彼と、駅の女性の視線を独り占めしているイケメン男子高校生は、なんだか違う人みたいだった。



「雅治君」

悩んだすえに、声を掛けた。
目立っている彼に声を掛けるのは抵抗があったけど、「シカトされた」と悲しそうにする彼の顔が浮かんできて。

「聡美ちゃん!!」

パアアッと効果音が聞こえてきそうなくらい、気怠げな顔が嬉しそうな顔に切り替わり、こちらに駆けてくる。

「初めてだね、外で会うの」
「そうじゃのぉ。俺今日いつもより早く終わったんじゃ」
「私はいつもより少し遅くなっちゃってね」
「おお、これが奇跡か」
「‥大袈裟だねえ」
「嬉しいナリ。一緒に帰るの」

隣を歩く彼を見上げれば、にこにことした顔を隠すことなく振りまいていた。
もろにそれを見た女の子がボーッとしている。

ふと、制服を着た雅治君と一緒に歩くのが恥ずかしくなる。
私、端から見ればOLだし(OLって響きが嫌いだから普段決してOLとは名乗らず会社員と言っているけど実際オフィスレディーだし)
雅治君は男子高校生だし。

さり気なく彼から半歩離れて全身から『姉です』オーラを出してみる。
‥出せてるかしら。


雑談しながら歩いて、駅から徒歩五分のアパートの前へ着いた。


「雅治君、私スーパー寄るから先帰ってて」
「弁当屋の前のスーパー?」
「うん。あ、こないだカレー作ってくれたときあそこ行ったんだっけ」
「おん。俺も行く」
「え?大丈夫だよ?」
「一緒行きたい。荷物持つ」

そう言ってすたすたとアパートを通り過ぎ歩きだした彼を小走りで追いかけ隣に並ぶ。

「ありがとね」
「おん」

晩秋の夕暮れ、秋の日は釣瓶落とし。
日に日に暗くなるのが早くなり、寒さが身に染みるこの季節。
それでも何故か、心はぽかぽかと暖かい。



「俺カゴ持つ!」
「そう?ありがとう」
「ん。今日何?」
「キムチ鍋。辛いの好きでしょ?」
「おお、やった」

店内に入り、野菜コーナーへ向かう。
白菜と長ネギと‥

「良く迷わんでたどり着けるな」
「そりゃ良く来るし、スーパーってどこも大体同じ配置だしね」
「そうなん?迷路の様じゃ‥」
「ああ、こないだ大変だったんだっけ?」
「おん。もう一人では来たくないぜよ」

こないだカレーを作ってくれたときに、スーパーでの苦労話を散々聞かされていた。
まあ確かに広いよね、このスーパー。

良さそうな白菜を選んで、雅治君の持つカゴへ入れた時、

「あら!イケメンのお兄ちゃんじゃない!」

知らない中年の女性から声を掛けられた。

「え?ああ、どうも」
「偶然ねー!この辺に住んでるの?あ、そちらの方は」
「あ、はい、あ、聡美ちゃん、こないだ肉選んでくれた‥」

すぐに思い当たる。雅治君のスーパーでの恩人。確か、牛肉を選んでくれて、林檎をくれた人だ。

「こんばんは。先日は弟がお世話になりました。頂き物までしてしまって‥」
「あらお姉さんなの?美形姉弟ねー、羨ましいわあ」
「そんなことありませんよー。雅治、林檎下さった方よね?」
「え?は‥あー、おん」
「本当にありがとう御座いました。林檎、美味しく頂きました」
「いいのよーそんなこと!こちらこそ若くて格好いいお兄さんと話せて楽しかったわあ」

気さくでお喋り好きな女性だった。それから結構な時間世間話をしてしまって(本当に面白い方だった)、雅治君が居心地悪そうにしているのに気付き、慌てて話しを切り上げた。




「雅治君」
「なんじゃ、おねーちゃん」
「‥ごめんってば」

もうすっかり暗くなった道を並んで歩く。
あれから急いで豆腐としらたきと豚肉をカゴに入れて会計を済ませ、店を出た。
荷物を持ってくれている雅治君はずっと不機嫌。

「世間体ってものがあるの」
「ふーん」

不満げに、「なんも悪いことしとらんのに」と呟いた。
確かに悪いことなんて、してない。でも

「勘違いする人もいるものだよ?家族でもない年の離れた男女が一緒にいたら、不道徳だとか、倫理的に問題があるとか」
「‥そーなんかのぉ、それで弟?」
「息子って言うには無理があるでしょ?」

無理がない方が嫌だ。

「それに」

「実際私にとって雅治君は、本当に弟みたいなものだもん」

自分に言い聞かせるように、そう言ったら、雅治君の表情が一瞬無くなって、またすぐにいつもの顔に戻った。

「‥そうじゃの、俺にとっても聡美ちゃん、姉ちゃんみたいじゃ」
「お姉ちゃんと呼んでもいいのよ」
「聡美ちゃんも雅治って呼んでもいいんじゃよ」
「雅治、荷物一つ持つよ」
「‥‥‥、ずっと呼び捨てにして」
「それは嫌。ほら荷物」
「‥‥‥重くないし平気じゃ」

そう言って雅治君は、そっぽを向いた。



そう、私にとって、雅治君は弟みたいで、世話の焼ける弟で、本当に家族みたいに大事で、

だからこんなに愛おしいんだ。
この気持ちはそういうことなんだから。

私は大人だし、間違えない。

無難に。

常識的に。

踏み違え無いように。

大丈夫、

まだこの子と一緒にいても大丈夫。



「聡美ちゃん、じゃあ手を繋ごう」
「じゃあって何よ。駄目に決まってるでしょ」

そんなことを言いながら歩いて、アパートに着く。



「「ただいま」」

ドアを開けたら、そう同時に言って、また同時に吹き出す。
それがまた可笑しくて、ひとしきり笑いあって、

「「おかえり」」


暖かい、我が家で、雅治君と。
いつまでも、こうしていられたら。
そんなことを考えて、私が時々泣きそうになることを彼は知らない。

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