Jul. 甘い冷たい



いつものように仕事から帰り、夕飯の準備をしようとして思い出した。

(あー、雅治君今日ご飯いらないんだった)


彼からメールが来たのは昼休み。
『今日部活の連中と夕方縁日行くから飯いらない』
シンプルで用件のみのメールに『了解。気をつけてね』と返した。

なんだか本当に家族みたいだな。


(そうか今日は私一人か)

キッチンに立って考える。
‥‥食欲、ないな。

もとから私は食が細くて、しかもこの暑さだ。
実は雅治君が来るようになる前は、夕飯を抜かすこともしばしばだった。
‥‥‥‥散々彼の乱れた食生活に対して小言を言っているから、絶対に内緒だけども。

そう言えば、ここ最近は本当、健康的。
前より少し太ったし、顔色が良いと久しぶりに会った友達に言われたし。


どうしよう。なにか食べた方が良いに決まってるけど食べたくないし面倒くさい。


ひややっこ‥うん、そうしよう。それがいい。

簡単‥っていうか水切って盛るだけだし、大豆製品だからちゃんとタンパク質も摂取出来るし。


先にお風呂に入って、部屋着に着替え、手早く用意した冷や奴に冷蔵庫からビールを一本取り出してテーブルに持っていく。


座ってビールを開け、一口飲んだところで初めて思う。

(静か‥)

静けさに耐えられなくなりテレビを付けたら部屋は少しだけ賑やかになったが、気分は晴れない。

冷や奴に口を付けるが、一口で止まる。

(あ、どうしよう。本格的に食欲ないわ)

豆腐が喉を通ったと同時に軽い嘔吐感がこみ上げる。
ほんの少し、涙が滲む。


(嘘でしょう)

こんなに気が滅入っていることの、思い当たる原因が、

雅治君がいないから、なんて。
寂しい、だなんて。


溜め息をひとつついて一口だけ食べた冷や奴にラップをして冷蔵庫にしまう。

ビールはせっかく開けたし、飲んでしまおう。

チビチビと飲みながら、少し自嘲ぎみに笑う。

こんなんじゃ、いつかあの子が来なくなったときどうするのよ。






◇◇◇

「仁王、そんなに使い道のわからないものばかり取ってどうするんだい」

射的の景品で、的屋のおっちゃんも[なんだかわからない]と言っていた玩具を嬉々として受け取った俺に、幸村が呆れ気味にそう言った。

「さあ、なにに使おうかのぉ」

実際俺もよくわからんけど、多分これは腕に付けて遊ぶものなんじゃないだろうか。

「ほんとお前は変に子供みたいだよね」
「なんじゃ幸村、高校生はまだ子供じゃろ」
「まあね」

幸村の手にはリンゴ飴。妹への土産らしい。
俺も聡美ちゃんになんか買ってこう。
‥早く帰りたい。


テニス部レギュラーで行く毎年恒例の夏祭り。
中等部の赤也とマネージャーにも声をかければ喜んでついて来た。

真田は、なにやら浮かれて問題行動を起こしているのが遠目からでもわかる高校生の集団に注意をしに行ったっきり戻ってこない。

やぎゅーと参謀はさっきから本の話だとかよくわからんうんちく話で盛り上がっているし、丸井に赤也にマネージャーはもうずっと食ってばっかりだ。ジャッカルはそれを呆れながら見守っている。

「しかし毎年変わらんのお」
「ふふ、そうだね。でも俺は去年来れなかったから少し懐かしいよ」
「そうだったのお」

去年のこの夏祭りでは、皆が暗い顔をしとったのを思い出す。
横目で楽しそうな表情の幸村を見やる。
こいつが退院して、皆どれだけ嬉しかったか。

「それにしても真田遅いのぉ」
「真田の奴、教師かなにかに間違われてるんじゃない?面倒事起こらなきゃいいけど」
「間違われている確率、82%だ」
「まあ真田君なら大丈夫でしょう」

やぎゅーと参謀がこちらに入ってくる。

「早く帰ってこんかのお」
「なんだい仁王。さっきからそわそわして」
「珍しいな。何かあるのか?」

‥鋭い奴らじゃ。

「悪いが俺これから用事が出来てしまってのぉ。ちょいと先に帰るナリ」
「おや、そうでしたか。気を付けてくださいね」
「悪いな、他の奴らにも言っといてくれ。じゃあ」

少し早足でその場から去りながら、携帯を取り出す。


「もしもし、聡美ちゃん?」





◇◇◇

「もう夕飯食っちゃった?」

雅治君から電話が掛かってきたとき私はぼんやりとテレビを眺めていた。

少し意識して、明るい声を出す。

「え、うん。食べたよ?なんで?」
「あー、焼きそばとかたこ焼きとか、土産にどうかと思って」

まだ縁日の途中なんだろう、電話越しに周りのざわめきが聞こえる。

「えー、どうしよう。お腹いっぱいだからなあ」
「‥聡美ちゃん、元気ない?」
「え‥」

驚いた。悟られないように気を付けていたから。

「なんで?普通だよ」
「なんか声がいつもと違うから」
「‥‥電話だからじゃないかな?」
「ん、元気ならええんじゃけど」
「うん。あ、何時頃になる?」
「もう今帰ってるとこ」
「え!?早くない?」

まだ8時前だし、夏祭りってもっと遅くまでやってるものじゃなかったっけ‥

「うちの部活にはクソ真面目な老け顔がおってのぉ。高校生が遅くまで出歩いちゃいかんっちゅーて解散したんじゃ」
「そうなんだ、ふふ、今時珍しいね」
「おん。ありえんよな」
「気を付けて帰っておいで」
「ん。じゃあまた」


電話が切れる。

嬉しいような、情けないような、微妙な気持ちになる。

面倒見てあげてる気でいたけど。
こっちの方こそ依存しちゃってるなぁ。





「ただいま!」

電話があってから20分後。
息を切らした雅治君が部屋に入ってきた。
なにをそんなに焦っているのか‥

「聡美ちゃん!早く!溶ける!」
「おかえり。‥え?なに」

玄関まで出迎えに行くと、荷物を一杯持った雅治君。

手には、

「かき氷?」
「おん。土産。あ、イチゴでええか?」

もう半分くらい溶けた赤い色のかき氷。

「ごめん、大分溶けた。あとちょっと食った」

かき氷片手に走っている雅治君を想像して、可笑しくなる。

「ふ、ははは!ありがとう。嬉しい」
「どういたしまして。あー暑かったナリ」
「麦茶でいい?」
「うん。ありがと」


久しぶりに食べたかき氷は、甘くて冷たくて


「美味しい‥」
「よかった」
「あ、頭キーンきた」
「俺それ好き」
「‥本当変な子だよね。雅治君」
「そーか?」


頭の痛みは引き、ひんやりとした心地よさが残る。
さっきまでの気持ちの悪さはいつの間にか消えていた。

「なんかお腹減った」
「え、珍しいのぉ」
「おにぎり作ってくる。雅治君も食べれる?」
「あー、食う」
「待ってて」


鰹節とお醤油のおにぎりを作って二人で食べた。

「うまっ。俺これ好き」
「美味しいよね」

やっぱり一人で食べるより、ずっと美味しい。


物事に、永遠はないし。いつかは終わりが来る。
別れる時だって、きっと来る。

わかっているけど願ってしまう。
いつまでもこの関係が続く事を。








(えー、なにこれ?)
(ほら、腕に付けて、ほら光った!!)
(‥うん。光ったね)
(良いじゃろコレ!)
(‥うん。良いもの当てたね)


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