Aug. お弁当事件



始まりは、私の後輩のお弁当だった。


「聡美さん!今日は私も弁当なんすよ!」
「へえー、自分で作ったの?」
「いや、妹が作ってくれたんですけど」


昼休み、いつも一緒にご飯を食べる4月に入職した後輩の彩ちゃんがそう嬉しそうに言ってお弁当を広げた。


「妹ちゃん中学生でしょ?凄いね、家族の分まで作るなんて」
「超頼んで作らせました。料理得意なんすよね。うちの妹」
「そうなんだー。わ、可愛い‥!」


ご飯の上に、可愛らしいクマのキャラクターが乗っかっている。
確か若い子の間で人気の、リラなんとかちゃん。


「キャラ弁って言うんだよね、そう言うの」
「そっすよ。肉のそぼろとか炒り卵とか海苔で作るらしいんですけど」


おかずの段も彩りよく可愛い感じ。
ウインナーはタコの形をしているし、ウズラの卵には顔が書いてある。


「可愛い‥」







すっかり影響された私はその日の買い物で、ちゃっかり挽き肉とキャラ弁用の海苔(今はそう言うのがあるらしい)を籠の中に入れていた。

(中学生の女の子に出来るんだ。私だって‥!)








◇◇◇◇

昼休み。いつものようにクラスの連中と昼飯を食おうと聡美ちゃんが持たせてくれた、夏で傷みやすいからと保冷剤が数個入っている弁当用のカバンから弁当箱を取り出す。


「仁王がちゃんと飯食うの未だに慣れねーよな」
「だよなー。まあ弁当箱小さいけどな。女子用じゃね?それ」
「いや、この大きさで充分じゃ」


「しかしいつも美味そうなの持ってきてんだよな。しかもアレだろ?年上の彼女の手作り」


中学から同じクラスの大木がそう言う。


「リア充爆発」
「いや、彼女じゃな「大木ー、それが彼女じゃねーんだぜ。雅治君ったらこう見えてヘタレでさー」‥丸井、余計な事言うんじゃなか」
「ちょっ!丸井、詳しく!」

詮索してくる丸井と大木をほうって弁当箱を開けて




閉めた。



‥‥‥なんじゃこりゃ!?


「仁王どうしたんだよぃ」
「なんかおる」
「「はあ?」」


二人がのぞき込む中、恐る恐る弁当箱の蓋を開けた。


「‥‥キャラ弁?」
「ぶっ‥これ、ちょ‥」


ご飯の上には茶色い‥‥クマ?犬?
かなり不格好でそのどちらにも見えないがヒゲがあるあたりから考えて、犬の、つもりなのかもしれない。

その犬の近くには小さな黄色い‥まるがあり、顔‥のようなものがいる。

おかずの段はほぼいつも通りなのだか、最近やっと食べられるようになった人参がハートとか星型にくりぬいてある。


「やっべ、超面白い!」
「ぶっ、これキャラ弁な時点で突っ込みどころ満載だけどそれ以外もいろいろとひでえ!」
「聡美さんやべえ!超ギャグセンたけーなオイ」


‥断言出来る。聡美ちゃんはけして、俺のクラスメイトの笑いをとるためにこんな弁当を作ったわけではない、と。

そして俺への嫌がらせなわけでもない、はず。そんなことをされる覚えはここ最近無い。
  
本気だ‥本気でこれだ。マジで。

どういう訳が、こういった芸術方面で極端に不器用な彼女を思い出す。
微妙な気持ちで味はいつも通り普通に美味い、面白い弁当を食べ始めた。









帰宅後、いつものように空の弁当箱を流しに持って行く。

「聡美ちゃん、これごちそうさん」
「あ、雅治君!今日のお弁当、どうだった?」


嬉しそうな顔でそう訪ねてくる。


「え、あー。‥今日も美味かったナリ」
「ありがとー。味以外は?」


‥やっぱりアレの感想を言わんといけんのか。
聡美ちゃんはキラキラと顔を輝かせ、俺の言葉を待っている。

「か、かわ、かわいかったぜよ」

言えた!なんとか言えた!

「でしょー!!一緒にお昼食べてる後輩ちゃんも、スッゴい可愛いって、大笑いしながら言ってくれてねー!!」

‥絶対に大笑いの意味をわかってない!

「あー、でも明日からは俺のは普通のでええよ」
「え、なんで?」
「いや、ほら俺男子高校生やし、可愛すぎてちょっと恥ずかしいってゆーかのぉ」
「あ、そう言うものなんだ。私の職場の男の先輩なんかは、女の子から可愛いお弁当貰えたら嬉しいって言ってたからさあ」
「まあそういう人もおるんじゃろうけど」
「そっかー。雅治君お年頃だしね」
「そうじゃ、お年頃なんじゃ。だから明日からは普通ので。ほんと普通のでお願いします」


ちょっと残念そうだが、なんとか了承を取り付けた。
ミッションクリアじゃ!!


「そういえば、アレ、なんじゃったん?」
「え?雅治君知らなかった?リラックマだよ」


‥‥‥‥‥。

なん‥だと‥?
ガンッと物凄い衝撃が脳内に走った。


「聡美ちゃん聡美ちゃん」
「なあに?」
「リラックマってこれじゃよ?」


そう言ってめったに使わない携帯の検索機能でリラックマの画像を出し彼女の前に突きつける。伝われこの思い!

少しのあいだ目を細めて画面を見ていた聡美ちゃんはこう言った。


「あ〜ちょっと口の形違ったかも‥」





その後俺は長時間の葛藤のすえ、言わなかった。
口どころか目も鼻もヒゲも輪郭も違う事を。
言わない事が優しさだと自分に言い聞かせて。







(雅治君雅治君!見てこれ!今日は豆柴!)
(うん、豆柴じゃな。凄いな聡美ちゃんは)
(雅治君にもつくってあげるのに‥)
(ほんと大丈夫マジで大丈夫)
(恥ずかしがりやだなぁ)

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